小学館発行の「ビッグコミック」に連載されている漫画『正直不動産』。2022年には山下智久さん主演でドラマ化され、好評を博しています。

 

ある日突然うそがつけなくなった不動産屋会社の営業マン、永瀬財地が渋々ながらも正直な営業スタイルで、嘘八百がまかり通る不動産業界の商慣行に対抗していくというヒューマンストーリーですが、タイムリーな話題も散りばめられており、宅建士である筆者にも勉強になることも多々ある作品です。

 

今回取り上げるのは「立ち退き」についてのエピソードです。不動産取引でいう「立ち退き」とは通常、立ち退いた後の土地を開発するなどして価値を底上げし、不動産事業者がもうける、という文脈で使われることが多いです。どこか悪徳業者が丸もうけするようなネガティブなイメージを浮かべてしまいますが、立ち退きというのが一概に居住者にとって悪いわけでもありません。

 

元・不動産エージェントの経験から、不動産取引における立ち退きとはどのようなものなのか解説します。

 

立ち退き

(写真はイメージです)

 

立ち退きとは?

 

立ち退きとは、賃貸借契約を解除できる法律上の合理的な原因がない場合に、賃借人と話し合い、必要に応じて立退料を支払って賃借人に建物から退去してもらうことをいいます。

 

借地借家法は借りる側に強い権利を与えており、賃貸借契約の解除には「正当の事由」が必要とされています。正当な手続きに沿って賃貸人から契約を解除し、賃借人が退去しない場合でも、強制することはできません。

 

貸主の都合で退去してもらいたい場合は、法律に沿って立ち退き交渉を行い、先の「正当事由」を補完する意味での立退料を支払うことが必要になるケースもあります。

 

立ち退きを求める理由

 

賃貸借契約に基づいて居住している賃借人に、賃貸人が立ち退きを求める理由としてどんなケースがあるでしょうか。たとえばアパートが老朽化して建て替えたい、もしくは建物を売却したい、といったケースがあります。

 

このほか、不動産事業者が利益を高めるために、今あるアパートをさらに大きなマンションに建て替えたい、というケースもあります。こうした場合、アパートに住んでいる人には出て行ってもらわなくてはいけません。

 

かつては、立ち退きを進めるために「地上げ屋」という存在がありました。彼らは大手不動産業者や企業などから依頼されて土地売買契約や立退き契約を取り付ける不動産ブローカーですが、成功報酬が高額のため、暴力団が絡んでいることが多く、嫌がらせや脅し、暴力などによって大きな社会問題となりました。

 

開発が進んだ現在では、昔ほど大規模な立ち退きにおいて地上げ屋さんと地権者が集会で争うなどといった場面は見られなくなりました。しかし、立ち退き交渉は今でも一般的に行われています。

 

立ち退きを求める正当事由と立ち退き料

 

賃借人に立ち退きを求める場合、正当事由が必要になります。

 

立ち退き要求の正当事由として「建物の老朽化による強度不足」「貸主が居住するのにどうしてもその物件が必要になった」などがあります。

 

旧借地法や借家法においても「貸主自らが物件を使用しなければならなくなった場合」または「その他の正当な事由がある場合」に立ち退きを求めることができる、とされています。

 

現在の借地借家法でも、貸主・借主のあらゆる事情を考慮して、立ち退き要求が正当なものかを判断するとしています。貸主の都合で立ち退きを求める場合は、賃貸契約の契約期間満了の1年前から、6カ月前までに勧告をし、交渉を始めなければいけません。

 

転居を打診し、代替物件の提案をした後、立ち退き料の支払いに移ります。

 

立ち退き料の相場

 

一般的な立ち退き料の内訳は以下のようなものです。

 

・引越し代
・新居の敷金や礼金
・不動産会社の仲介手数料
・インターネット回線の移転費用
・プラス賃料の数カ月分

 

とは言っても、立ち退き料の金額は賃貸人と賃借人での話し合いに基づいて決まるものであり、法的根拠はありません。

 

一つの目安として、家賃の6カ月分程度とされがますが、その金額で入居者が立ち退いてくれないのであれば、より高額の立ち退き料を提示しなければならないこともあります。

 

漫画『正直不動産』で描かれていたエグい立ち退き交渉

 

作中では、メディカルモールを建てたいからビルを購入したいと言われたビルのオーナーが、主人公の永瀬のいる登坂不動産などを使って入居者を退去させようとします。一階の賃料35万円の飲食店には200万円プラス引越し代実費、居住者には賃料半年分60万円プラス引越し代実費の立ち退き料を提案し、ひとり以外は全員が同意しました。

 

そのひとりは立ち退き料のつり上げが目的のようです。ただ、半年前に賃貸借契約の更新をしたばかりで、オーナーは急にこのビルを売る気になったという経緯から、オーナーは強い態度に出ることができないという事情があったようです。しかも、「高く買ってもらえることになったから立ち退いてほしい」というのは正当事由にはなりません。

 

誰が交渉しても失敗するほど手強い相手だったのですが、登坂不動産からライバルのミネルヴァ不動産に移った営業マンによって立ち退き交渉は成功しました。居住者はエグい手を使って営業マンを窮地に追い込みますが、その営業マンの捨て身の行動によって立ち退き後の新居の仲介まで手にすることができました。

 

「ここまでやるか?」というくらい壮絶なやりとりが描かれています。気になった方はぜひ、単行本を手に取っていただければと思います。

 

 

松村隆平
中央大学法学部法律学科卒。新卒で住友電気工業に入社し、トヨタ自動車向けの法人営業、および生産管理に従事。その後、株式会社ランディックスに入社し不動産業界に転身。その後同社のIPO準備責任者となり、経営企画室長を兼任。2019年に東証マザーズへ上場、2021年に執行役員。趣味は司馬遼太郎の小説を読むこと。経営学修士(MBA)、認定IPOプロフェッショナル、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナー(AFP)、統計調査士。