公開日:2023年3月27日
価格交渉、不動産会社はホントにしてくれるの?(後編)~『正直不動産』をプロ宅建士が解説(15巻 113・114話より)
漫画『正直不動産』のエピソードを宅建士が解説したこちらの記事〈価格交渉、不動産会社はホントにしてくれるの?(前編)~『正直不動産』をプロ宅建士が解説(15巻 113・114話より)〉の続きです。
(写真はイメージです)
「査定価格」と「売り出し価格」の差は、「値引き幅」の想定内?
取引事例比較方式による査定価格は、あくまで不動産会社が判断した「過去の取引実績から考えて、市場で売れるであろう予想価格」です。「それ以上では売れない価格」でもなければ、「その価格で必ず売れる最低保証価格」でもありません。
市況が上げ基調であったり、特殊な事情の買主がいたり、という場合にはもっと高く売れる可能性もないわけではありませんし、同じエリアで同じようなグレードのマンションが何軒も売り出されたら安くなる可能性もあります。また、売主は少しでも高く売りたいと思っています。
そこで、査定価格に納得してもらった不動産会社の多くは、査定価格より少し高めに価格を設定して売り出します。物件価格にもよりますが、査定価格が5,000万円くらいのマンションだと、永瀬の説明どおり3~5%くらい高めの売り出し価格にすることが多いのではないでしょうか。
ここから考えて、買主が値下げ交渉をした場合、売主は査定価格までは値下げ交渉に応じる可能性があるといえるでしょう。売主が早く売りたい事情があって、価格を低めに設定している場合もありますから、値下げ交渉の際には値下げ要求の価格レベルに対しては不動産会社と十分に相談しましょう。
「値引きで大事なのは信頼関係だ」それは売主に対してだけではない
作中、永瀬が売主と交渉した結果、「4%までの値引きで、今月までの契約」という条件を売主から取り付けることができました。しかし、俊介は「本当に値引き交渉してくれた?」と永瀬の説明に疑いを持っています。どうやら、会社の先輩たちの話から「不動産会社は信用できない」という強い先入観を抱いてしまったようです。
「値引きで大事なのは信頼関係だ」「少しでも高く売りたい売主、少しでも安く買いたい買主、それぞれの思惑があるんだ。一方的に自分の要求を通そうとしたってダメだ」と永瀬は説得しますが、「不動産屋の思惑としては、少しでも高く売れた方がいいんじゃない?」「売主、買主、両方にいい顔してそんなの失礼だよ」と席を立ってしまします。
日本の不動産会社は、売主と買主の双方と媒介契約することが認められています。一方、民法では、売主と買主の双方の代理という法律行為をすることは禁じられています。売主と買主は「少しでも高く売りたい売主、少しでも安く買いたい買主」という立場ですから「利益相反」するからです。
米国の一部の州や欧州のいくつかの国でも、不動産会社が売主と買主の代理をすることは禁じられているといわれています。日本では、媒介(仲介)は「法律行為」ではなく、あくまで「契約という法律行為を成立させるための手伝いをする行為」とされていて、なんともグレーな解釈がまかり通っています。
これは商慣習が先にあって法律がそれを追認したという歴史のためのようです。このため、不動産の媒介(仲介)においては、作中の俊介のように、「不動産会社はどちらの味方なんだ? 本当に自分のために相手側と真摯な交渉をしてくれていたのか?」という不満や疑いを持たれることも構造上ないわけではありません。
しかし、媒介する不動産会社の多くは、売主と買主の双方と媒介契約を結んでいる「両手契約」の場合であっても、売主・買主の片方とだけ媒介契約をしている「片手契約」であっても、当事者が満足できる契約条件で合意するために、誠意を尽くして知恵を絞っているのです。
値引き交渉を成功させるために大事なのは、まずは信頼できる不動産会社であるか、その不動産会社を信頼することができるかが極めて重要です。信頼に値する不動産会社を最初から見つけることが肝心です。
値引き交渉で適正レベルを探る難しさ
作中で俊介は、兄の智久と永瀬のところに、結婚生活開始の経済的な不安もあって不満を永瀬にぶつけてしまった、と謝罪に来て、再び永瀬に値引き交渉を依頼します。
値引き交渉で大事なことは、まずは、適正価格はどのくらいだろうかと見積もることです。不動産会社が売主側とも媒介契約を結んでいるとすれば、査定価格もわかっているので簡単ですが、買主側だけとの片手媒介契約だと、改めて査定するつもりで、どのくらいが売主側としても適正価格と考えているかを想定することが必要です。
特に片手の場合で買主側からあまり身勝手に価格要望をしてしまっては、売主側の不動産会社から断られてしまうこともあり得るからです。売主側の不動産会社にしてみれば、自分が買主を探してくれば双方から仲介手数料がもらえるのでそちらの方が得かもしれないのですから、注意が必要です。永瀬の判断では本来なら4%の値引き額が市場価格としては適正レベルとみていたようです。ここのさじ加減は難しいところですね。
また、作中でもあるように、売り出されて3カ月以上たつ物件や、物件サイトに複数の不動産会社名で掲載されている物件は、長期間売れないために価格見直しに前向きになりやすいといえます。逆に売り出してすぐは、売主が高く売れることを期待しているので、値下げ交渉には応じない場合が多いです。
特に売却を急がないケースでも、ほとんどの売主には売却する理由がありますから、早く確実に売れるに越したことはないと考えています。したがって、永瀬の提案のように「値引きしてくれるなら今月中に契約できる」などと期間短縮の提案は、有効であることが多い傾向にあります。
また、個人の方は、住宅ローンを利用される方も多いでしょうから、どうしても金融機関の融資承認までは時間がかかりますし、契約書には「もし融資の承認が通らなければ契約そのものが白紙となる」という「融資特約」を付けざるを得ません。値下げ交渉の前には、金融機関の融資の仮承認を事前に取っておくといいでしょう。購入の意思の本気度が伝わりますし、時間もあまりかからないということも分かります。
値引きのテクニックとは? 永瀬の結論は「三方一両損」
さて、作中で永瀬が繰り出した解決方法は以下のようなものでした。この解決方法によって売買が成立したのですから、全員にとってハッピーだったと思われたのですが、そうではなく、「全員が損をした」といえるものでした。
・売主は4%から5%まで値引き幅を増やす代わりに1カ月以内に決済
・買主は6%の値引き要を5%に落とす代わりに仲介手数料を3%から2%にすることで手持ちの現金支出を減らす
・永瀬の登坂不動産も仲介手数料を減らすが、両手取引のため片手の3%より多い5%で取引をまとめる
これは、古典落語の『三方一両損』を援用した提案です。
“左官の金太郎は、三両の金が入った財布を拾い、一緒にあった書付を見て持ち主に返そうとする。財布の持ち主はすぐに大工の吉五郎だとわかるが、江戸っ子である吉五郎はもはや諦めていたものだから金は受け取らないと言い張る。しかし、金太郎もまた江戸っ子であり、是が非でも吉五郎に返すと言って聞かない。互いに大金を押し付け合うという奇妙な争いは、ついに奉行所に持ち込まれ、名高い大岡越前(大岡忠相)が裁くこととなった。
双方の言い分を聞いた越前は、どちらの言い分にも一理あると認める。その上で、自らの1両を加えて4両とし、2両ずつ金太郎と吉五郎に分け与える裁定を下す。金太郎は3両拾ったのに2両しかもらえず1両損、吉五郎は3両落としたのに2両しか返ってこず1両損、そして大岡越前は裁定のため1両失ったので三方一両損として双方を納得させる。”
こんな内容ですが、作中ではマンションの売主、買主、不動産会社がいずれも1%の損をすることで売買を成立させた、見事な提案でした。俊介の奥様にも感謝され、不動産屋冥利に尽きる結末となりました。
現実世界に当てはめるなら、俊介も最初からREDSに依頼していれば、仲介手数料最大無料で、経済的な不安を減らして、マンション選びができたのに、と思います。そうした心の余裕が、一番の値引き交渉の秘訣かもしれませんね。
早坂 龍太(宅地建物取引士)
龍翔プランニング代表取締役。北海道大学法学部卒業。石油元売会社勤務を経て、北海道で不動産の賃貸管理、売買・賃貸仲介、プランニング・コンサルティングを行う。
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