公開日:2022年12月22日
事故物件をつかまされるかは「告知義務」に誠実な不動産会社に出合えるかで決まる~『正直不動産』をプロが解説(2巻 13・14話より)
『正直不動産』は、小学館発行のビッグコミックに連載されている漫画作品で、2022年にはNHKでドラマ化されました。契約のためなら平気で嘘をつく営業マンの「永瀬財地」が、地鎮祭を執り行うのに邪魔だった祠を壊したことがきっかけで嘘がつけない体質になり、もがきながらも正直営業で奮闘する痛快ストーリーです。
今回は「告知義務」について描かれたエピソードについて、宅建士の経験から解説します。賃貸・売買問わず誰しもが気になるテーマではないでしょうか。
(写真はイメージです)
そもそも告知義務って何?
室内で自殺や不審死などがあった物件を紹介することで知られる大島てる氏の事故物件サイトが一時、話題になり、不動産会社の告知義務について広く知られるようになりました。事故物件サイトについては『正直不動産』の第13巻でもテーマとなっていますし、NHKでドラマ化された際にも再現されていました。
不動産取引上の「告知義務」とは、不動産を賃貸もしくは売買する場合において、その対象不動産に瑕疵がある場合その状況を買主や借主に告知する義務があるというものです。(宅建業法の第47条)
宅地建物取引業法 | e-Gov法令検索
瑕疵とは物理的な不具合や欠陥だけでなく、心理的な瑕疵も含まれます。心理的瑕疵とは一般的に以下の事象があった場合に該当します。
・自殺、他殺、事故死
・放置期間が長かった孤独死
・近所に反社会的勢力の拠点がある
・近くに嫌悪施設がある(お墓・刑務所など)
作中で永瀬の上司である藤原課長は、過去に人が焼死している事実を説明することなく、西荻窪の店舗の賃貸借契約を締結しようとします。見かねた永瀬は「告知義務があるかないかグレーゾーンだ」と迷いながらも「15年前に店舗で詐欺放火事件があり、店主の母親が逃げ遅れて焼死している」と当時の新聞から得た情報をすべて明かします。
飲食店経営者で借主となる予定であった児玉一徳は、激怒してその場を去ってしまいます。焼肉屋の開業を予定していたのに焼死なんて縁起でもないというのです。
では、永瀬がいうグレーゾーンとはどういうことなのでしょうか。国土交通省は、2021年10月に以下のような「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を制定しています。
令和3年10月 国土交通省 不動産・建設経済局 不動産業
宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン
このガイドラインによると、不動産取引において過去に人の死が発生した場合、買主や借主にとって契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす可能性があるため、売主や貸主は把握している事実について告知する必要があるとし、もちろん宅地建物取引業者も告知する義務があるとしています。
ただし告知の要否や告知の内容について判断が難しいケースがあるため、取り扱う宅地建物取引業者によって対応が異なる状況だと認めています。作中でも実際に藤原課長と永瀬の判断は異なっていました。
二人目以降の入居者には告知しなくてもいい?
作中で藤原課長は「自殺者が出た事故物件では、二人目の入居者以降は告知しなくても問題ないという判例があることは、もちろん知っているよね?」と永瀬に確認します。そして、業界の慣例では人が亡くなっている場合は10年以内なら告知することになっているが今回は15年以上たっていること、建物を新しく建て直した際は告知しなくても法律上問題ないと判断する法律家が多いことなどを引き合いに出し、暴露した永瀬を問い詰めます。
藤原課長は単に事実を隠したのではなく、判例や慣例に従って判断していたことが分かります。最終的には藤原自身のネットワークを使って3日後には別の借主を見つけて賃貸契約を結ぶことになります。
国土交通省のガイドラインでも、不動産における「人の死の告知」は過大な負担になっていて、その負担が大きいことから単身高齢者の入居を敬遠する傾向を強めている可能性があるとする指摘の存在を認めています。
そのうえで宅地建物取引業者が人の死について告げなくてもよいとする、一般的な基準を示しています。以下のとおりです。
(1)自然死(老衰・持病による病死)
(2)事故死(階段からの転落や入浴中の溺死)※ただし特殊清掃が行われた場合は(3)の通り
(3)賃貸借取引の対象不動産において特殊清掃や大規模リフォームが行われた場合は、その後おおむね3年を経過した場合(ただし事件性や周知性、社会に与えた影響が大きい場合はこの限りではない)
(4)対象不動産の隣接住戸や集合住宅の共用部分において(1)以外の死が発生した場合や(1)の死であっても特殊清掃がされた場合(ただし事件性や周知性、社会に与えた影響が大きい場合はこの限りではない)
令和3年10月 国土交通省 不動産・建設経済局 不動産業
宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン
事故物件の見分け方と事故物件疑いの住宅をめぐる実体験
残念ながら事故物件を完璧に見分けることは難しいでしょう。ただし注意して観察することによって見分けることができるかもしれません。例えば紹介図面に「告知事項あり」と記載している場合は、ほぼ事故物件です。
このほか、見分け方として考えられる主な事象は以下のとおりです。
・家賃や物件価格が相場より安い
・空き家の期間が長い
・入居者や所有者が短いスパンで変わっている
・不自然なリフォームがされている
・建物の名称が変わった(賃貸物件の場合)
・不動産会社や近隣の住民に聞いてみる
最後に実際の体験談を紹介します。
当時勤めていた不動産会社の店舗へ、ある不動産会社の営業マンが「ある戸建住宅についてお尋ねしたい」と飛び込んできました。その住宅は大通りに面していて、家の前で死傷者が出る交通事故が起きました。住宅のご家族は事故に巻き込まれませんでしたが、その後すぐ、短い期間にご家族が立て続けに亡くなられました。自殺ではないか、交通事故で亡くなった方に“呼ばれた”のではないかと噂になりました。
私は交通事故については説明しましたが、そのほかについては憶測や噂話でしかありませんでしたから、一切話しませんでした。
通常このような営業マンによる聞き取り調査は珍しいものです。前述の国土交通省のガイドラインでも、宅地建物取引業者は、販売活動に伴う通常の情報収集を行うべき義務を負っているとしながらも、売主や貸主に対して告知書(物件状況報告書)へ過去に生じた事案の記載を求めさえすれば、業者に重大な過失がない限り調査は適正になされたものとする、としています。
要するに、その程度でいいということです。なので、事故物件の「告知義務」について誠実に考え、実情を正しく伝えてくれる不動産会社との出合いこそが大事になるわけです。
その後、戸建住宅の所有者が変わったため、無事に売買契約は成立したのでしょう。営業マンは私から聞き込んだ情報を元に買主様を説得したのでしょう。その姿勢に私は頭が下がる思いでした。
不動産の購入は大きな買い物です。誰しも失敗したくないと策を講じますが、事故物件をこっそりつかまされないための秘訣も、結局は信頼できる不動産会社、私が紹介したような誠実な担当者との出会いではないかと感じます。
桜木理恵(宅地建物取引士)
大学4年時に宅地建物取引士に合格。新卒で私鉄系不動産会社入社し約8年間、売買仲介担当として従事。その後出産・子育てのため、大手ハウスメーカーのリフォームアドバイザーに転身し、5年間勤務。信託銀行にて不動産調査や不動産管理会社にてPMの経験あり。保有資格は他に2級ファイナンシャル・プランニング技能士(AFP)。
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