公開日:2022年6月24日
不動産購入で確実に押さえておきたい融資特約のルール~『正直不動産』をプロが解説(3巻 17・18話より)
小学館発行の「ビッグコミック」に連載されている漫画『正直不動産』。2022年には山下智久さん主演でドラマ化され、好評を博しています。
ある日突然うそがつけなくなった不動産屋会社の営業マン、永瀬財地が渋々ながらも正直な営業スタイルで、嘘八百がまかり通る不動産業界の商慣行に対抗していくというヒューマンストーリーですが、タイムリーな話題も散りばめられており、現役の宅建士である筆者にも勉強になることも多々ある作品です。
今回取り上げるエピソードのテーマである融資特約は、ほぼ100パーセント、住宅購入で出てくる契約条項です。住宅ローン関連でトラブルが発生してしまえば「マイホームを買うのにローンが下りない」「借金をしなければいけない」という困った事態になりかねません。ぜひルールを覚えておきましょう。
(写真はイメージです)
融資特約とは
不動産を購入するためには多くの人が金融機関で住宅ローンを組みます。その際、必ず「ローン審査」がありますが、不動産購入にめどがついた時点で、まず「事前審査」という仮打診のようなものを行います。その後、本審査がありますが、本審査では希望どおりの金額が承認されなかったり、金利が希望とは異なったりすることがあります。また、本人の状況に変化が生じたような場合には本審査でNGが出ることも少なくありません。
ここで買主側のリスクとして、売買契約が締結済みの場合、ローンが希望どおりに出なくても、予定どおりに不動産を購入しなければならないということがあります。このような消費者側の不測のリスクを軽減し、取引の安全性を高めるための消費者保護制度が「融資特約」です。
具体的にいうと「ローンの審査が希望どおりにならなかった場合は、売買契約を白紙解除できる」という内容の条文を売買契約書に記載することです。これにより、あらかじめ融資特約付の売買契約を締結していれば、万が一、本審査で銀行がNGを出してきたとしても、すでに支払った手付金は例外的に全額返金してもらうことができます。
この特約のおかげで、不動産を購入する際に安心してローンを利用することができるのです。
ローン特約が使える場合
ローン特約によって売買契約を解除できるのは、ローン特約にどのような条件を設定したかによります。注意したいのは、ローン特約は、結んだ売買契約を便利に解除できるための契約条項ではないということです。
ローン審査がおりているにもかかわらず売買契約を解除する場合は、ローン特約によって白紙解除することはできず、手付放棄によって解除するしかありません。また、契約書の融資金額よりも多い融資額を金融機関には希望していて、融資が希望の額に満たなかったので、「やっぱり止めたいので、ローン特約での解除を使おう」というのも無理です。
ローンの金利や詳細についてまでローン特約に盛り込んでいた場合は別ですが、よくあるように、ローンの金額のみ記載されている場合、その額の融資が可能な状況となっていれば、ローン特約での解除はできません。
融資特約に関するトラブル
作中では、都合の悪い部分をしっかりと説明しない同僚の不動産エージェントの対応を見かねた主人公の永瀬が割って入り、契約成立を阻止しています。さらには、「俺のことをナメてんのか!?」と怒る買主に対して、主人公永瀬は「ナメているのはお客さまですよ。あなたは契約というものをナメきっています。」とバッサリ切り捨てています。
融資特約に関するトラブルは下記の3つに分類されます。
(1)ローンが希望どおりに通らなければ解約できると勘違いしている
融資特約の内容はさまざまですが、金額と金融機関のみ記載されている程度のものが多いように思います。「希望の銀行で満額の融資がおりたが、金利が想定より高くて支払いが続かない」など一部で希望どおりにならなかった場合、残念ながら「ただちに融資特約が認められて契約解除」とはなりません。
(2)解除期日を過ぎてしまってからの権利主張
融資特約の設定にあたっては、その期日が明記されています。この期日は厳格なもので、意思表示が「売主に到達」するのが期日に遅れた場合には、融資特約による解除は認められません。
融資特約の期限を過ぎた後の契約の撤回については
・手付放棄をすることで契約解除をする(手付解除)
・最悪、違約金支払いを請求される
という2パターンになります。
融資特約による解約期限を過ぎた場合に、それでも契約を解除しなければいけないとき、「手付解除」を検討することになります。これは、買主は売主に支払い済の手付金(通常、物件価格の5%程度)を放棄する、つまり売主に物件価格の5%前後を取られたままあきらめることで、無条件に契約を解除できるというものです。
この場合、裁判をしたとしても、不動産会社に支払い済みの仲介手数料は返ってこないと解されることが通例です。というのも、この手付解除で非があるのは買主という解釈になり、そこにいたるまで契約業務を行った仲介業者もある意味で被害者である、という判断がなされるからです。
また、融資特約期日のみならず、手付解除の期日も過ぎている場合、売主は違約金を請求できます。この違約金は売買価格の10~20%に設定されることが多く、買主にとっては莫大な金額負担となります。
(3)関係者に対して正式に解除を申し入れるという手続きをしていない
こちらは、ローン特約による解除の「連絡方法」についてです。この連絡方法についてもさらに大きく分けて2つのポイントがあります。
1つ目のポイントは、連絡は「仲介業者」と「売主」両方に対して確実にしておくべきだ、ということです。不動産の売買契約は買主と売主の間で締結されるもので、仲介業者はその円滑な売買のために介在しているにすぎません。ところが、契約の成立まで買主は仲介業者とコミュニケ―ションを密にすることがほとんどであるため、ローン特約を使って契約解除する旨の連絡を仲介業者のみにしかせずに安心してしまうことが多いのです。
当然、仲介業者には仲介責任というものがあるため、不動産取引のプロとして売主に確実に連絡を行う義務があります。しかし、仲介業者の不手際などによって後から売主が「そんなことは知らなかった」となれば、当然トラブルになります。後々、仲介業者に対して責任追及をすることは可能ですが、売主と仲介業者の両方を相手に争うことになるため、最初から確実に連絡をしておきましょう。
2つ目のポイントは「書面」で伝達するということです。契約解除は電話一本で済む話ではなく、書面で相手に確実に到達させる必要があります。特に売主に対しては配達記録の残る「内容証明郵便」などで送ることが必要です。電子メールでも送信日時が記録に残るため、意味がないわけではありませんが、「確実に到達した」ということが証明できないのと、その手続きの確実性という点では電子メールでは弱いのです。
ローン特約によるトラブル回避のために
買主のローン審査が通らないというケースは、それほど多くありません。審査通過が厳しい人は前段階で伝えられますし、金融機関は複数ありますから、全部ダメだったということはあまりありません。このため、ローン審査が全滅ということは売主側はあまり予想していないことが多く、実際に契約終了後は売主も販売活動を停止し、もう販売が完了した気になっていることが通例です。このため、ローン解約の実行にあたってはトラブルになるのです。
ローン特約によるトラブルが起こる原因は「買主側の要望をしっかりと反映したローン特約契約の条項となっていないことで、融資内容確定後に食い違いが生じる」ということになります。つまり、ローン特約の内容を詳細に検討し、契約前に仲介業者および売主とすり合わせを行い、契約書面の内容を明確にしておくことが有効な対策となります。
主にポイントとなるのは以下のとおりです。
(1)金融機関の名称
(2)融資金額
(3)融資金利
(4)ローン特約による解除ができる期日
(5)ローン特約による解除の意思表示の方法
これらについて、しっかりと事前に取り決めておくことで、万が一の際にもスムーズに契約を白紙解除することができるでしょう。
一方、ローン特約の内容については、売主との合意が基本となるため、あまりにも細かく、ローン特約を使って白紙撤回となる可能性が高いとまで思われれば、そもそも売主が契約をしたがらない、ということにもなりかねません。このあたりはうまく協議を行わなければいけない部分ですので、仲介業者とのいい関係がポイントになってくるでしょう。
松村隆平(宅地建物取引士)
中央大学法学部法律学科卒。新卒で住友電気工業に入社し、トヨタ自動車向けの法人営業、および生産管理に従事。その後、株式会社ランディックスに入社し不動産業界に転身。その後同社のIPO準備責任者となり、経営企画室長を兼任。2019年に東証マザーズへ上場、2021年に執行役員。趣味は司馬遼太郎の小説を読むこと。経営学修士(MBA)、認定IPOプロフェッショナル、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナー(AFP)、統計調査士。
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