不動産業界を舞台にした人気漫画「正直不動産」(作:大谷アキラ、原案:夏原武、脚本:水野光博)。現在はビッグコミック(小学館)に連載されており、最新刊となる第9巻が2020年8月28日に発売されました。

 

主人公は、ひょんなことから「嘘(うそ)がつけない」という不動産屋にとって致命的な体質になってしまった、登坂不動産の営業マン・永瀬財地。しぶしぶながらも「正直な営業スタイル」で、以前に自分自身が行っていたような、「営業成績のためなら何でもあり」といった不動産業界の裏手法に四苦八苦しながら対抗していく、というドラマが展開されていきます。

 

勧善懲悪的にスカッとするお話や、人情話的に感情に訴えるお話もありますが、一方で、必要悪や現実論に即したストーリーや、不動産業界だけでなく投資家や消費者側の自己中心的な思惑から生じている商慣行について説明する回や、社会問題となった不動産問題を取り上げた回などもあり、不動産業界の表と裏を、時にコミカルに、時にシリアスに取り上げた話題作となっています。

 

今回ご紹介するのは、単行本第1巻の第3・4話「囲い込み」です。連載初期のお話ですので、不動産用語も盛りだくさんとなっています。ストーリーに沿って説明していきましょう。

 

囲い込み

(写真はイメージです)

 

ポイント1=売却の「媒介契約」の種類、お客様にとってベストの選択とは?

 

嘘がつけなくなってしまった永瀬は、動揺を隠せない毎日を過ごします。途中入社の桐山や大河内部長との人間関係にも支障をきたし、営業成績も急ブレーキ。このままでは課長への昇進も危ぶまれると心配になってきました。

 

そんな折、マンションの売却依頼で笹原夫妻が来社しました。ご主人の実家のある金沢への転勤を機に、中野駅から徒歩5分のマンションを売りたいと相談に来たのです。永瀬は、「マンションを売却したいお客様は、不動産会社と最初に媒介契約を結ぶことが義務付けられています」と説明を始めます。

 

詳しくは後述しますが、不動産会社の媒介契約には、「専属専任媒介契約」「専任媒介契約」「一般媒介契約」の3種類があります。永瀬は「嘘がつけるなら、お勧めは専属専任媒介契約だ」と思いつつも、「お時間とお手間はよけいにかかりますが、複数の不動産会社と同契約を結び、より好条件な売却先を決めることができます」と、一般媒介契約を勧めます。

 

一般媒介契約では、他の会社が買い手を見つけたら自社には1円の手数料も入りません。そのため通常は専任媒介か専属専任媒介契約を勧めることは自分でも分かっていながら、笹原夫妻にとってベストな選択であろう一般媒介契約を勧めてしまうのです。

 

ところが、顧客からの問い合わせ電話に呼び出された永瀬の引き継ぎで笹原夫妻に応対した桐山は、永瀬の言動を嘘だと否定します。

 

「一般媒介契約が、どの不動産屋も他社より少しでも条件の良い買い手を探そうと躍起になるというのは、建前であり理想論。ただ働きとなる一般媒介契約の物件は、優先順位の低い案件になります」「永瀬は、お客様の言い値で売る自信もなく、同僚に案件も譲りたくないので、一般媒介契約にして物件を塩漬けにし、他社に買い手を見つけてもらおうとしたのでは」と笹原夫妻に訴えます。

 

笹原夫妻はすっかり桐山を信じ込んでしまい、永瀬はまんまと桐山に担当を取られてしまいました。

 

媒介契約の種類と特色

 

永瀬の説明の通り、不動産会社は、売却の仲介依頼を受ける場合、依頼者と「媒介契約」を締結しなければなりません。媒介契約が締結され、売買契約が成約・締結されて初めて、媒介の報酬である仲介手数料が支払われることになります。

 

媒介契約には、他の業者に重ねて依頼できる一般媒介契約と、他の業者には依頼できない専任媒介契約、さらに依頼者自身が見つけてきた取引先との売買も認められない専属専任媒介契約の3種類に分類されています。

 

下記の表に特色をまとめました。一般媒介>専任媒介>専属専任媒介の順で、売主側の自由度が高く、その代わり不動産屋の義務も小さくなっているのが分かるでしょう。

 

媒介契約の3類型

内容 一般媒介 専任媒介 専属専任媒介
他の業者への依頼 不可 不可
自己発見取引 不可
有効期間 規制なし 3ヵ月以内 3ヵ月以内
有効期間の延長申入 規制なし 依頼主のみ 依頼主のみ
業務処理状況の報告義務 規制なし 2週間に1回以上 1週間に1回以上
指定流通機構(レインズ)への登録義務 規制なし 契約日から7営業日以内 契約日から5営業日以内

 

不動産会社側の立場に立つと、桐山の「一般媒介の案件は優先順位が低い」という主張は、間違いではありません。

 

永瀬も本音の部分で認めているように、専任媒介・専属専任媒介契約の物件は、成約さえすれば業者は少なくとも依頼者側から仲介手数料を払ってもらえます。しかし一般媒介では、いくら自社が成約のために頑張っても他社で決まってしまう可能性が常にあり、その場合は一銭にもなりません。そのため、どうしても労力や経費をかける営業努力の優先順位は下がってしまうのが現実です。

 

会社にとっても、一般媒介は収入にならないかもしれない契約ですから、評価は低くなるのが一般的でしょう。永瀬が「俺が上司でもこんな担当はクビだ」と自己嫌悪に陥るのも無理はありません。

 

しかし、それではなぜ「嘘をつけない」永瀬が、笹原夫妻に一般媒介契約をお勧めするのでしょうか?

 

それは、笹原夫妻の物件は、購入希望者が数多くありそうな好物件だからです。都心からアクセスが良く人気の高い中野駅から徒歩5分。周辺に競合するマンションもなく、新築時の売り出し価格4,500万円と価格帯もお手頃。永瀬も、3割減が評価として当たり前の築10年で、購入時と同程度の売却も可能と見積もる物件です。

 

通常の広告を出せば簡単に購入希望者が集まるような好物件は、より好条件の購入希望者を広く募集できる仕組みにした方が、売主側にメリットがあります。永瀬は、売主である笹原夫妻の立場を第一に考えた時に、「正直に」一般媒介契約を勧めたのでしょう。

 

ポイント2=「両手取引」と「囲い込み」 不動産会社の利益最大化の仕組み

 

電話から戻った永瀬は、女性社員の月下に、桐山の言動は自身の営業成績のためだと説明します。しかも桐山は、買い手も自分で探して、売り手と買い手の両者から仲介手数料をもらう「両手」を目指すだろう、とします。

 

「少しでも高く売りたい売り手と、少しでも安く買いたい買い手、相反する目的を持った二者を同じ不動産屋が取り持つ。どうなるか分かりきっているだろう。得をするのは不動産会社だけだ。どう転んでも、客じゃない」と言い切ります。

 

さらにレインズでの公開義務に言及する月下の問いに、永瀬と桐山はともに、好条件の購入希望者が現れても門前払いし、自分たちで購入希望者を見つける「囲い込み」は、業界の常識だと一笑に付します。

 

結局、笹原夫妻のマンションは1週間後に桐山が3,900万円という永瀬の見積よりは若干安い価格で、両手取引で販売されました。永瀬の課長昇進も取り消しになってしまいます。

 

「両手取引」とそれにまつわる不当な取引

 

媒介契約において、不動産会社は、売主または買主のどちらか一方とだけ契約することも、売主・買主双方と契約することもできます。そして後者の場合は双方から仲介手数料をもらえます。これを業界用語では「両手取引」といいます。これに対して前者、すなわち売主・買主のどちらか一方とだけ媒介契約を締結することを「片手取引」といいます。

 

両手取引_片手取引

 

欧州の国々の一部や米国の州法では、不動産会社は、売主・買主の両方から依頼を受けることは禁止されています。その理由は、永瀬が言うように、売主の利益と買主の利益は相反すると考えられるからです。

 

日本でも、民法108条で「双方代理」は禁止されています。しかし日本の宅地建物取引業法では、「仲介業務は、法律行為そのものではなくその成立を手助けする行為であるから、双方から依頼を受けることができる」という解釈がなされています。これは既成事実として認められてきた、と言った方が良いでしょう。

 

そのため多くの不動産会社は、単純に1つの物件で2倍の手数料を得られると考え、両手仲介を目指しているのが現実です。大手ほど採算性を求められるので、その傾向が強いかもしれません。

 

しかし不動産会社の中には、あくどい手で無理やり両手仲介で取引を成立させようという動きをするものも、残念ながら少なからず存在します。その1つが「囲い込み」という手法です。

 

これは、売却を依頼された物件を、他の不動産会社からの問い合わせなどには答えず非公開とし、自社の情報網・顧客網でのみ囲い込むように取り扱うことをいいます。当然、購入希望者の希望は損なわれますし、売主の売却機会損失も発生します。売主・買主双方の利益を損失させ、公正な市場も形成されません。

 

さらに、こうして売却機会をあえて失わせた物件を、さも市場に合わせたかのように販売価格を値下げさせることを「値こなし」「こなし」といいます。そして買い取り業者に「こなした」物件を安く買い取らせ、リフォームした後にまた仲介を依頼してもらうことを条件とする「専任返し」などの手口が行われています。

 

こうした用語があること自体、不動産業界では、囲い込みはポピュラーな手口となってしまっているのです。桐山が「囲い込みなど当然」とうそぶくのも無理はありません。

 

ポイント3=仲介手数料は上限価格?顧客本位の料金設定へ

 

永瀬は、大河内部長から課長昇進の取りやめを告げられ、桐山からも「笹原夫妻のマンション売却の件で足を引っ張ったことは報告した」と嫌味を言われてしまいます。もう会社も辞めてしまおうかと思った矢先に、笹原夫妻からお礼の九谷焼が届きました。

 

売却転居の際「実家の母親と同居予定のため、バリアフリーなどの改装に費用がかかるので支出はできるだけ抑えたい」と漏らした本音に対して、永瀬が仲介手数料減額を提案して応えてくれたことにとても感謝している、とのお礼でした。

 

それを見た永瀬は、仲介手数料の「売買価格の3%+6万円」というのが、上限額の取り決めでしかないことを正直に言うなんて、会社も桐山も怒って当然としながらも、もう少し正直にやってみるかと心に決めるのでした。

 

仲介手数料の料率と決まり方

 

宅建業法第46条の3では「国土交通大臣は報酬の額を定めたときはこれを告示しなければならない」とされています。昭和45年の建設省告示以降、消費税率の変更等により改正されながらも、抜本的な変更はないまま現在に至ります。

 

不動産売買 仲介手数料の告示内容

売買価格 報酬上限
   
400万円を超える金額 対象金額の3%+消費税
200万円を超えて400万円以下の金額 対象金額の4%+消費税
200万円以下の金額 対象金額の5%+消費税

 

報酬上限算出

 

宅建業法第46条の2では、不動産会社は、国土交通大臣の定める報酬の額を「こえて報酬をうけてはならない」と定めています。つまり、「仲介手数料は、上限額を法律で定められている」ということです。上限額ですから、それ以下の価格で設定するのは不動産会社の自由となっています。

 

国土交通省は宅建業法の「解釈・運用の考え方」において、「報酬の限度額を当然に請求できるものではなく、具体的な報酬額については、宅地建物取引業者が行おうとする媒介業務の内容を考慮して、依頼者と協議して決める事項」と定めています。

 

永瀬の提案は、売買価格の3%+6万円(税別)の手数料を、1.5%とするものでした。売買金額が最終的に3,900万円でしたから、64.5万円の値引きとなっています。出費がかさむ時期に、うれしい提案なのは間違いありませんね。

 

今回は「正直不動産」という漫画を通して「囲い込み」について解説させていただきました。この回だけでも、「おとり広告」など他にまだまだ言及したいテーマがありました。今後も注目していきたいと思います。

 

 

プロフィール
早坂 龍太(宅地建物取引士)
龍翔プランニング代表取締役。北海道大学法学部卒業。石油元売会社勤務を経て、北海道で不動産の賃貸管理、売買・賃貸仲介、プランニング・コンサルティングを行う。