公開日:2021年11月19日
「融資特約(ローン特約)」の落とし穴とは?ー『正直不動産』をプロが解説(3巻 17・18話より)
「正直不動産」は大谷アキラ作のビッグコミック連載の漫画作品。TBSでドラマ化され大ヒットした「クロサギ」を生み出した夏原武が原案を手掛けています。
不動産取引における一般消費者と業者との情報格差にスポットを当て、不動産業界の暗い現実を浮き彫りにしている話題作です。
(写真はイメージです)
基本的にはセーフティネットだが、しっかり理解していないと仇になる!?
主人公の永瀬財地は、契約を取るためにはどのような手でも使ってきた成績トップの不動産営業担当でした。しかし、地鎮祭のときに祠を破壊してしまったことから、嘘がつけない体質になってしまいます。
そこから一転、「嘘がつけない」という、不動産営業としては致命的なハンデを背負いながらも、「正直な営業スタイル」で果敢に不動産業界の裏側に立ち向かう痛快劇が繰り広げられます。
コミック第3巻 第17・18話では、「買主を守るための融資特約(ローン特約)が、不動産業者の説明不足や買主の知識不足によって、大変な損を引き起こす可能性がある」という話が展開されています。
実際の住宅用不動産売買の現場を知る宅建士の立場から、この融資特約の実態について詳しく解説してみたいと思います。
融資特約ってどんなもの?詳しく解説!
融資特約(通称:ローン特約)とは、簡単に言えば、買主が住宅ローン等を利用する予定で不動産を購入する契約を結んだ後で、そのローンを設定する銀行など金融機関の最終承認が得られずにローンが組めなかったときは「売買契約を契約解除できる」というものです。
この場合、契約解除(契約は白紙!)となるため、当然、買主が契約締結時に支払った手付金や仲介手数料は全て返還され、契約前の状態に戻すことになります。ローンが組めなかった買主を保護するための、非常に強力で頼もしい買主保護の制度であることは間違いありません。
住宅を購入する場合、多くの人が住宅ローンを利用するため、融資特約は必ずと言ってよいほど契約書に登場します。
さらに、不動産業者が住宅ローンのあっせん(仲立ちや紹介のようなものと考えればOK)した場合には、融資特約を定めることが法律で義務付けられています。また、あっせんが無かったとしても、融資特約を付することが必要だという法律の運用上のルールがあります。(「宅地建物取引業法第35条第1項第12号・第37条第1項第9号」、運用ルールは国土交通省「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方第35条第1項第12号関係」)
しかし、実際に融資特約を実行して契約を解除するにあたっては、売主からすると、当然解除をされたくないため、「本当に金融機関がローンを拒絶したのか?」「やるべきことはやったのか?」「契約書通りの内容で解除が主張されているのか?」など、細かく事実確認がされることになります。
裁判になった場合には、総合的な状況判断がなされ、かつ、事案ごとの個別性が高くなりますので、「こうしておけば絶対に大丈夫」ということは言えません。だからこそ、「自分の身は自分で守る」という気持ちで契約にあたることが重要です。
融資特約に関する実際のトラブルと、不動産取引の現場の実際
作中では、融資特約の都合の悪い部分をしっかりと説明しない同僚の不動産営業担当の対応を見かねた主人公の永瀬が話に割って入り、契約成立を阻止します。
さらには、融資が下りる見込みがないと永瀬から言われ、「俺のことをナメてんのか!?」と怒る買主に対して、永瀬は「ナメているのはお客さまですよ。あなたは契約というものをナメきっています」とバッサリ切り捨てています(その後、「どのくらいヤバい契約なの?」と怖がる買主に対して「非暴力主義のガンジーでも振りかぶってぶん殴るぐらいヤバいです」とダメ押ししているのは正直を通り越していますが)。
実際に、融資特約にまつわるトラブルの内容で多いのは、主に以下の3点です。
希望した内容のローンが通らなければ解約できると思い込んでいる
作中でも「融資自体は下りたのに、その他の事情によって解除は認められない」という点が争点となっていました。
融資特約の内容は様々ですが、金額と金融機関についてのみ記載されている程度のものが多く見受けられます。そうすると「希望の銀行で満額の融資が下りたが、金利が想定より高くて支払いが続かない」などの場合には、即、融資特約が認められて契約解除とはなりません。
当然、不動産業者は資金背景などを確認したうえで安全な取引を実現する仲介責任があるため、裁判ともなれば解除が認められる可能性は十分にあります。(参照判例:大阪高裁平成12年6月27日金商1108号38頁)しかし、裁判になれば、時間や労力がかかり大変であることは言うまでもありません。
関係者に対して正式に解除を申し入れるという手続きをしていない
次に多い争点が、ローン特約による解除の「連絡方法」です。この連絡方法については、大きく分けて次の2つのポイントがあります。
1つ目のポイントは、連絡は「仲介業者」と「売主」両方に確実にすべき、ということです。不動産の売買契約は買主と売主の2者間で締結されるもので、仲介業者はその円滑な売買のために介在しているにすぎません。
ところが、契約の成立まで買主は仲介業者とコミュニケ―ションを密にすることがほとんどなため、ローン特約を使って契約解除する旨の連絡を仲介業者のみにしただけで、安心してしまうことが多いのです。
仲介業者には仲介責任というものがあるため、不動産取引のプロとして売主に確実に連絡を行う義務があります。しかし、万が一、仲介業者の不手際等によって後から売主が「そんなことは知らなかった」となれば、当然トラブルになります。後々、仲介業者に対して責任追及をすることは出来ますが、その場合は売主と仲介業者の両方を相手に争うことになります。
2つ目のポイントは、書面を用いて確実に残る方法で伝達するということです。契約解除は電話一本で伝えれば済む話ではなく、書面で相手に確実にその内容を到達させる必要があります。
特に売主に対しては配達記録の残る「内容証明郵便」などで、確実に届いた証明を残しておくことが大切です。電子メール等でも書面として残るので、意味が無いわけではありませんが、「確実に到達した」ということが証明できないため、その手続きの確実性という点では電子メールでは弱くなります。
作中では、この融資特約を実行した解約の意思表示をFAXで送っていました。解除期日が翌日という場面設定であり、書面になっているため不適切ではないのですが、ファックスによる通達は、あくまで緊急時の臨時的方法と捉えたほうが良いでしょう。
解除期日を軽視している
融資特約の設定にあたっては、その期日が明記されています。この期日は厳格なもので、意思表示が「売主に到達」するのが1日でも遅れた場合には、融資特約による解除は認められません。
では、期日までに融資特約による解除の意思表示が売主に到達しなかった場合は、どうなってしまうのでしょうか?どうしても契約を解除したい場合、以下のような方法をとることになります。
・手付放棄をすることで契約解除をする(手付解除)
・最悪の場合、違約金の支払いを請求されることになる
融資特約による解約期限を過ぎ、それでも契約を解除しなければいけないときは、「手付解除」を検討することになります。
手付解除とは、買主が契約時に売主に支払った手付金(通常、物件価格の5~10%程度が多い)を放棄する、つまり、売主からの返還をあきらめることで無条件に契約を解除できるというものです。
この場合、不動産業者に支払った仲介手数料は、裁判をしたとしても、返ってこないと解されることが通例です。なぜなら、この手付解除の場合には、非があるのは買主という解釈になり、そこに至るまでの契約業務を行った仲介業者もある意味「被害者」とみなされるため、一定の報酬があってしかるべき、という判断がなされるからです。
次に、「違約による契約解除」について説明します。融資特約期日のみならず、手付解除の期日も過ぎている場合、売主は違約金を請求できます。そしてこの違約金は、契約時に設定されていますが、上限を売買価格の20%とし、10~20%の間で設定されることが多いです。当然、買主にとっては莫大な金額負担となります。
結論、融資特約にあたって注意すべきこととは?
注意点をまとめると、
・融資が希望通りでなかったということを理由に「やっぱり止めたいので、ローン特約を実行して解除しよう」と考えても無理なこともある
・融資特約を利用する場合には、書面をもって確実な方法で解約通知を行う必要がある
ということになります。
また、融資ローン特約の契約内容については法律で定められていないため、買主と売主の合意があれば、基本的にはどのような内容でも可能です。予め確認しておくべきこととして、以下のような点があげられます。
・融資金額(通常明記されます)
・融資特約の期限(通常明記されます)
・融資を申し込む予定の銀行
・予定の金利条件
・融資特約を使う場合の解約方法の確認と文面(重要)
売主との合意が基本となりますが、もし自営業等の場合で金利条件によって支払いが大きく変わってしまうことが懸念される場合には、銀行や金利条件まで明記することを交渉することは有利に働きます。なぜなら、万が一、その金利で融資が下りなかった場合、融資特約を使うという選択肢と、他の銀行に申し込みをして予定通り契約続行という2つの選択肢がとれることになるからです。
融資特約は基本的には買主保護の特約ですし、そこまで悪徳な不動産業者が多いわけではありません。作中では、融資特約のトラブルを解決するために、主人公の永瀬が自分の不始末の責任を取って、買主が負うはずだった違約金を自分の給与から補填するという展開になっています。しかし、さすがに実際にはこのようなことは期待できません。
自分の身は自分で守る、ということを肝に銘じて、一生を左右するマイホームの契約内容は、素人であってもしっかりと理解する努力が大切です。
半沢隆太郎(宅地建物取引士)
中央大学法学部法律学科卒。実家が建設・不動産会社を経営。新卒で大手機械メーカー、その後コンサル会社を経て、現在は不動産業種の上場会社の経営企画部門に勤務。