「専任返し」に「往復ビンタ」……甘い汁を吸い尽くす不動産業者の不気味なスキームとは~『正直不動産』をプロ宅建士が解説(REDS監修178話「専任返し」後編)
今回の記事は、ビッグコミックに連載されている『正直不動産』の最新作、178話「専任返し」の後編について、前編に引き続き、宅地建物取引士である筆者がわかりやすく解説していくものです。
前編では、不動産会社が売主からも買主からも仲介手数料をもらうことができる「両手取引」を実現するために、物件の情報を他の不動産会社に紹介をしない「囲い込み」という行為に手を染めている現実について、詳しく解説しました。
前編は、主人公の永瀬が勤務する登坂不動産をライバル視するミネルヴァ不動産で、営業の西岡が社長の鵤に「担当の物件は囲い込みせずに売却を」と進言。その会話で「つづく」となりました。
「囲い込め。弱みに付け込め。3%や6%で満足するな」
「買取再販業者に物件を紹介して往復ビンタで…12%毟り取れ」
「せ、専任返しですか!?」
後編では、「買取再販業者」「往復ビンタ」「専任返し」といった言葉について、ストーリーに沿って説明していきましょう。
(写真はイメージです)
買取再販業者とは
登坂不動産では、永瀬が後輩の月下に「往復ビンタ」の説明をしています。まず、説明の前提になる「買取再販業者」とはなにか、から詳しく解説していきましょう。
一口に不動産会社と言っても、その業態は何種類かに分けることができます。一般の方の多くが不動産会社として思い浮かべるのは、駅前の路面に事務所を構え、賃貸や売買の物件のチラシを窓に貼っているようなお店ではないでしょうか。そのような売主・貸主から物件を預かり、物件を探している買主・借主に紹介し、交渉ごとの折衝をして契約をまとめる仲介を主な業務とする不動産会社を仲介業者といいます。
仲介業者も、賃貸を専門とする業者や売買を専門とする業者、さらに賃貸仲介業者の中でもテナント仲介を専門とする業者や、売買仲介業者の中でも収益物件を専門とする業者など、細かく分類することも可能です。また、賃貸物件の管理を大家から請け負う、賃貸管理会社もあります。
買取再販業者もまた、不動産会社の業態のひとつです。買取業者は、売主から不動産を買い取り、通常は物件にリフォームやリノベーションを実施することで付加価値を上げ、売却することを主な業務とします。
仲介業者が、売買を仲介して得る仲介手数料が収益源であるのに対し、買取再販業者は再販価格から買取価格(仕入れ価格)とリフォームなどの費用(経費)を差し引いた額が収益源となります。
買取再販業者に売却するメリット・デメリット
買取再販業者に売却するメリット
買取再販業者に物件を売却するメリットは以下のとおりです。
1.売却価格が早く決まる:仲介業者に売却を依頼する際に提示される「査定価格」はあくまで、その不動産会社が「この価格ならば売却できるであろう予想価格」です。「売却保証価格」でも「買取価格」でもありません。買主が見つかり「売買価格」に売主と買主が合意して売買契約を締結して初めて売買価格が決定したといえます。買取再販業者が提示する価格は、直接その業者が買い取る価格ですから、売主が売却に合意すればそれが「売却価格」として決定します。
2.売却までの手間や責任が減る:買取業者への売却の場合、通常の売却では売主が負担する残置物の撤去や測量・境界確認などについて、買主の実施とすることが可能です。また売主は契約不適合責任(物件に契約の目的が適わないような欠陥があった場合に物件を引き渡した後でも損害賠償や修繕をしなければならない責任)を負わなければなりませんが、買取再販業者が宅地建物取引免許業者であれば、こうした責任を負う必要がありません。
3.売却・決済(現金化)までが早い:買取再販業者は購入経験が多く、契約から決済までの過程・手続き・様式がルーティン化されていることもあり、現金化までの時間がかかりません。物件の売却の理由として、相続税の支払いや買い換え物件の購入代金の支払いなど、支払期限がある場合も多いので、現金化までの時間が短いことは大きなメリットといえます。
買取再販業者に売却するデメリット
一方で、買取再販業者に物件を売却する最大のデメリットは「売却価格が安くなる」ことです。買取再販業者の収益減は買取価格と再販価格の差額です。買取価格は再販売予想価格から業者の利益分とリフォームやリノベーションの費用を差し引かれたものになります。
永瀬も作品中で説明していますが、通常は相場価格の70%程度といわれています。
専任返し……囲い込んではめる悪徳ケースも!
「専任返し」とは、買取再販業者が物件を仕入れるとき、物件を紹介してくれた仲介会社に物件の再販売を任せることを意味します。
前述のように、買取再販業者への売却では、価格は相場の70%程度です。仲介業者の手数料は(販売価格×3%+6万円)(税別)ですから、買取価格が相場の70%で売却すると、仲介業者は手数料も約70%となってしまいます。
なんとかがんばって相場で売却した方が、仲介会社にとっては得な取引ということになります。これでは仲介業者は、買取再販業者に物件を販売しようとはなりません。わざわざ「囲い込み」をするような仲介業者なら、なおさらです。
そのため、買取再販業者は、仲介会社からの紹介で物件を購入できた場合、再販するときにその仲介業者と専任媒介契約を締結することを、仲介業者へのインセンティブにすることが一般的になったのです。この専任返しによって、買取再販業者への売却と再販の2つの売買の両方で、両手仲介をまとめることを「往復ビンタ」といいます。
「往復ビンタ」自体には、違法性はありません。売主が早期の売却を希望する場合には、買取業者への販売により売主は手間いらずで売却が実現し、買取業者は仕入れと再販がスムーズに進み、仲介会社は手数料が片手取引のほぼ4倍増になる、という三方得の取引となります。
しかし、「往復ビンタ」を恣意的に実現しようとする悪徳不動産屋の手にかかると、以下のように、売主・買主という消費者不在の業者だけがうまい汁を吸うスキームが爆誕するのです。
- 売主が早期の売却を望むような事情を察知する
- 「囲い込み」でなかなか売却を実現させない
- 焦る売主に「値引きさえすればすぐに買ってもらえる先がある」と持ちかける
- 買い叩けるところまで買い叩いて買取再販業者に紹介
- 買取再販業者は、仲介会社にキックバックまでして購入、専任返し
- 買取再販業者は、リフォーム費用+キックバック分+仲介手数料+利益を乗せて再販
- 仲介業者は相場より高い物件を購入
西岡のささやかな抵抗……囲い込みを防ぐには
作中では、「計算づくの正直不動産屋」の雪野が、鵤社長と西岡の会話を録音しており「囲い込みの動かぬ証拠をゲット~」と喜びます。雪野は20年前に雪野の祖父の中華屋を地上げした鵤社長を恨んでいて、「鵤っちを失脚させて、ミネルヴァ不動産を乗っ取る」と告白します。
20年前の鵤社長がつぶやいた「月に手を伸ばせ。たとえ届かなくても」をキーワードとして、「大事なのは月に手を伸ばすことだよ。ずっとうつむいて生きてたら、月が出てることすら気づけないよ」と西岡をたきつけます。
西岡は、鵤社長のところへ「囲い込みせず売りましょう」と進言しに行きます。「奥さんが宅建士の資格をお持ちだそうです」。嘘のつけない永瀬が言いかけてむせた、囲い込みを防止するために仲介業者に「兄弟や親が宅建士の資格を持っていると嘘をつくこと」という裏技を、鵤社長に使ったのです。
「露骨な往復ビンタや囲い込みは、レインズや都庁に通報される可能性が高いです」といって、鵤社長を納得させました。消費者の関係者に宅建士がいれば、囲い込みの違法性や罰則を熟知していますから、抑止力になるということです。
囲い込みを防止するには、売主や買主も相場や宅地建物取引業法を勉強しておくこと、売主はレインズの登録証を提出してもらい、自分自身で取引状況(登録状況)をチェックすること、法令で決められている業務処理状況報告をチェックすることなどが必要となります。そしてなによりも、本当に信頼関係を築くことができる不動産会社・営業担当と媒介契約を結ぶことが必要といえるでしょう。
作中の西岡も、悪徳不動産そのものの鵤社長の下でも、自分自身の良心に従って行動できたようです。ラストシーンは特に印象に残りました。
プロフィール
早坂 龍太(宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士)
㈱エー・エムコーポレーション代表取締役。北海道大学法学部卒業。石油元売会社勤務を経て、北海道で不動産の賃貸管理、売買・賃貸仲介、プランニング・コンサルティングを行う。