不動産業界の商慣習、「両手仲介」や「囲い込み」は不動産業者の利益のためのだけの行為であり、売主や買主にはけっして良い影響はもたらしません。これらの仕組みや見分け方について解説します。
杉山 明熙(宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士)
不動産会社で店長や営業部長として12年間勤務し、売買、賃貸、賃貸管理、売却査定等、あらゆる業務に精通。「実情がわかりにくい不動産業界をもっと身近に感じてもらいたい」をモットーに執筆活動を展開中。
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不動産売却を依頼したものの、なかなか売れないと悩んでいませんか?もしかすると、売却を依頼した物件が「専任返し」の対象になっているかもしれません。
「専任返し」によって、売却期間の長期化や売却価格を不当に値下げされるリスクが高まります。この記事では、「専任返し」の仕組みやリスク、そして具体的な対策を詳しく解説しています。適正な価格でスムーズに不動産を売却したい方は、最後まで記事を読んで参考にしてください。
(写真はイメージです)
専任返しは不動産業界における慣習の1つで、売主に不利益を及ぼす可能性がある取引方法です。ここでは専任返しの仕組みと、売主にどのような影響があるのかを解説します。
専任返しとは、不動産会社が買取再販業者に物件を仲介した際(図の【1】)、その見返りとして再販売するタイミングで、再びその不動産会社と専任媒介契約を締結すること(図の【2】)を指します。
不動産会社が専任返しを行う最も大きな理由は、仲介手数料を得る機会を増やすためです。専任返しで不動産会社が仲介手数料を得るタイミングは次の①~④の計4回です。
【1】売主から買取再販業者への売却時
①売主から
②買取再販業者から
【2】買取再販業者から買主への売却時
③買取再販業者から
④買主から
専任返しを行わない場合、不動産会社が仲介手数料を得る機会は片手仲介なら1回(売主から、①のみ)、両手仲介であれば2回(売主・買主から、①+②)が限度ですが、専任返しを行うと最大4回仲介手数料を得る(①+②+③+④)ことができます。
このように、専任返しは不動産会社の利益を最大化するために行われることが多い取引方法です。
専任返しが行われることで、売主が本来得られたはずの利益が損われる可能性があります。
本来であれば、不動産会社はより高い価格で物件を売却するために販売活動を行うべきです。しかし、専任返しを前提とした場合、早期に買取再販業者に「卸す」(安い金額で買取再販業者へ仲介する)ことを優先するケースがあります。
たとえば、相場が5,000万円の物件を、不動産会社が「買い手が見つからなかった」という理由で4,000万円で買取再販業者に売却することを勧めたとしましょう。この場合、売主は本来得られるはずだった1,000万円を失うことになります。その後、買取業者がリフォームを行い、4,500万円で再販した場合、不動産会社はさらに仲介手数料を得ることができるのです。
特に、住み替えなどの期間が決まっている中で専任返しが行われた場合、不動産取引に関する知識が少ない売主は、知らない間に損をしてしまいます。不動産会社の不透明な販売活動により、売主にとって不利な専任返しが横行しているのが現状です。
専任返しは、近年問題になっている「囲い込み」と密接な関係があります。ここからは、「往復ビンタ」と呼ばれるケースを踏まえて専任返しについて深堀りして解説します。
まずは、専任返しの流れを紹介します。通常の不動産売却とは違う流れになるため、悪質な専任返しに巻き込まれないよう各ステップを理解しておきましょう。
はじめに、売主は不動産会社に物件の売却を依頼し、媒介契約を結びます。媒介契約には「一般媒介契約」「専任媒介契約」「専属専任媒介契約」の3種類があり、それぞれに特徴があります。
専任返しは囲い込みを前提に販売活動を行うため、1社のみに売却を依頼する「専任媒介契約」か「専属専任媒介契約」のどちらかを勧められることになるでしょう。
媒介契約締結後、不動産会社は物件の販売活動を行います。通常の販売活動では、物件情報をレインズ(不動産流通標準情報システム)へ登録しますが、専任返しを狙う不動産会社は囲い込みを行うため、レインズへ登録しなかったり、登録しても他社からの顧客紹介を断ったりするケースがほとんどです。
不誠実な販売活動の結果、一定期間販売活動を行っても一般の買い手が見つからないため、不動産会社は売主に対し買取再販業者への売却を提案します。買取再販業者への売却は価格が相場よりも低くなるものの、期限が迫っていることなどが理由で売主は提案を飲むしかなくなってしまうのです。
買取再販業者は、買い取った物件にリフォームやリノベーションを行い、物件の価値を高めて一般のお客様に再販売します。再販売する際、買取再販業者は最初に物件を紹介した不動産会社と専任媒介契約を結びます。
以上の流れが「専任返し」と呼ばれる取引方法です。
この媒介契約により、不動産会社は再販売時の仲介手数料も得ることが可能になります。不動産会社がここでも両手仲介を成立させると、当初の不動産売買と合わせて合計12%(1回目の取引で3%×2、2回目の取引で3%×2)もの仲介手数料が手に入ることとなるのです。
このようなケースは、業界用語では「往復ビンタ」と呼ばれます。
「往復ビンタ」とは、不動産会社が1つの物件で2回両手仲介を成立させ、仲介手数料を最大化することを指します。この手法により、1つの物件から通常の倍以上の手数料を得ることが可能になります。
専任返しは、不動産会社が仲介手数料による利益を最大化するために行われます。不動産会社は、売主と買主の両方から仲介手数料を得る「両手仲介」を狙うことが多いですが、専任返しにより両手仲介の機会が増えるのです。
実際、不動産会社からすると、物件価格が1,000万円下がっても仲介手数料の減額はそれほど大きいものではありません。物件価格が下がってでも両手仲介を2回決めるほうが、不動産会社にとって利益が大きくなるのです。
ここからは、5,000万円の物件が相場通りに売れた場合と、専任返しを利用した場合に、不動産会社が得る仲介手数料がどのように違ってくるのかを見てみましょう。
【物件価格5,000万円の両手仲介の場合】
両手仲介のため、
物件価格5,000万円の物件を1度手仲介した場合、合計で312万円(税抜)の仲介手数料が得られます。
【物件価格を4,000万円に下げて専任返しを利用した場合】
再販売価格が5,200万円だとすると
合計で、
専任返しを利用すれば、不動産会社は合計576万円(税抜)もの仲介手数料が得られるという結果となりました。専任返しをしないときと比べて264万円(税抜)も利益が上がったことになります。専任返しを利用せずに576万円(税抜)の仲介手数料を得るためには、9,400万円の高額物件を両手仲介するという難易度の高い取引が必要です。
このように、専任返しは1つの物件で複数回仲介手数料を得られるため、不動産会社にとって魅力的な取引となるのです。
専任返しは不動産会社だけでなく、買取再販業者にもメリットがあります。
買取再販業者は、物件を仕入れて再販売することで利益を得ます。買取再販業者が行う物件の仕入れは、競売や一般の売主から買い取りが一般的ですが、不動産会社から紹介してもらうことで、仕入れと販売の回転率が上がり利益を高めることができます。
このように、買取再販業者は不動産会社とタッグを組むことで安定して利益を生み出すことができるのです。
専任返しは、不動産会社と買取再販業者の利益を上げるための取引方法だとわかりました。ここからは、専任返しが売主に及ぼすデメリットとリスクを解説します。
専任返しは、売却期間が長期化する危険性があります。専任返しを前提に販売活動を行う場合、不動産会社は買取再販業者への売却を優先し、一般の買い手への積極的な販売活動を控えるためです。
建物は経年劣化するため、売却期間が長引くと資産価値が下がってしまいます。それだけでなく、固定資産税や都市計画税、マンションであれば管理費、修繕積立金といったランニングコストがかかり続けるため、金銭的な負担が大きくなってしまうでしょう。
さらに、住み替え計画にも支障をきたすおそれがあります。たとえば、住み替えによる売却の場合、期間に余裕を持って売却を依頼したにも関わらず、専任返しを前提にした販売活動により期間が長引き、焦って低い売却価格に応じてしまうかもしれません。
このように、売却期間の長期化は資金計画や住み替え計画に大きな影響を与えることになります。
専任返しにより、売却機会を逃してしまうことも大きなリスクです。
専任返しを前提に販売活動を行う不動産会社は、買取再販業者への売却を重視するため、他社への情報公開を制限します。いわゆる「囲い込み」が行われるため、好条件で購入する可能性のある買い手へ情報が届かず、売却機会を逃すリスクが高まるのです。
本来、物件情報を広く公開すれば、より好条件で売れたかもしれない物件も、専任返しによってその機会を失う可能性があります。
専任返しを狙う不動産会社の販売戦略により、不当に価格を下げられるリスクもあります。
専任返しを前提にする場合、意図的に物件を売れ残らせるため、相場よりも高い価格で売りに出すことがあります。その後、買い手が見つからないことを理由に売主に値下げを迫り、最終的には相場以下の価格で買取再販業者に売却させるのです。
たとえば、相場が5,000万円の物件を6,000万円で売りに出し「なかなか買い手が見つからない」と不安を煽り、4,000万円で買取再販業者へ売却を促すケースが考えられます。
専任返しにより売主が本来得られるはずの利益が奪われることは、大きなデメリットだと言えます。
専任返しや囲い込みは、対策次第でリスクを軽減することができます。ここでは、不動産会社選びや媒介契約前後、販売活動中に意識するべき対策を紹介します。
不動産会社選びでは売却実績に目を向けがちですが、悪質な専任返しを防ぐためには、販売活動が見える不動産会社を選びましょう。不動産会社がどのような販売活動を行っているかが見えれば、囲い込みを防ぐことできます。
たとえば、不動産会社から定期的に交付される「営業活動報告書」の内容がどのようなものなのかを事前に確認してください。報告内容が詳細であるほど、担当者が親身になって販売活動を行ってくれる可能性が高いでしょう。
専任返しや囲い込みを防ぐためには、複数の不動産会社に査定を依頼し、提示された金額に大きな差がないかを確認しましょう。不自然に高い査定額を提示する会社は、一定期間が経過した後に「売れない」と言って値下げを迫る可能性があります。
複数の不動産会社から話を聞くことで、相性の良い担当者に出会えることも考えられます。不動産売却は担当者によって結果が変わることもあるため、複数の不動産会社に査定を依頼して担当者から話を聞いてみてください。
媒介契約を締結したあとは、売主自らレインズの登録状況を定期的にチェックしましょう。レインズには売主が登録状況を確認できるシステムが用意されているため、定期的に確認することで囲い込みのリスクを抑えることができるのです。
不動産会社が物件情報をレインズに登録した際に発行される「登録証明書」には、売主専用のID・パスワードが記載されています。それを利用すれば、物件情報がレインズにきちんと登録されているかが確認できるだけでなく、「取引情報」をチェックすることで他社に情報が公開されているかが把握できます。
ただし、レインズへの登録が遅い場合は要注意です。レインズへ登録していない期間に囲い込みを行い、他社からの紹介を断っている可能性があるため、登録が遅い場合はその理由を担当者に説明してもらいましょう。
また、ポータルサイトやチラシに、依頼した物件情報が掲載されているかもチェックしてください。専任返しを狙う不動産会社は、適切な販売活動を行わないケースがあるためです。
このように、不動産会社に販売活動を丸投げせず、当事者意識を持って販売活動に取り組むことを意識しましょう。
物件の内覧希望が少なく囲い込みが疑われる場合は、他の不動産会社に物件情報が共有されているかを確認してもらうことも検討してください。物件の囲い込みが行われている場合、売主に購入申込みが届いていないにもかかわらず、他の不動産会社からの紹介を断ることがあるためです。
具体的には、売主が買主のふりをして他の不動産会社に自分の物件を問い合わせ、販売状況を聞いてみてください。もし「紹介できない」と言われた場合は、囲い込みにより他の不動産会社からの問い合わせがブロックされている可能性があります。
悪質な専任返しや囲い込みを防ぐためには、販売活動中に担当者と積極的にコミュニケーションを取りましょう。担当者とコミュニケーションを取り、販売活動に対する根拠や理由を聞き出すことで、適切に販売活動が行われているかが判断できます。
たとえば、内覧の頻度が少ない場合はその理由を聞いてみてください。不動産会社が物件情報を他社に公開せず、意図的に内覧を減らしていることが考えられます。
さらに、値下げの提案を頻繁にされる場合は、その根拠をしっかり説明してもらいましょう。買取再販業者への売却の布石として、値下げを促されている可能性があります。値下げの根拠を聞いた上で、納得できない値下げには簡単に応じないことが大切です。
専任返しや囲い込みは、不動産会社や買取再販業者の利益を優先して行われる悪質な取引方法です。専任返し・囲い込みを防ぐためには、レインズの登録状況を定期的に確認したり、販売活動に対する根拠を明確にしてもらったりするなど、売主自らが防衛策を講じなければなりません。
もし「囲い込みされているのではないか」「値下げの提案がしつこい」など、不動産会社の販売活動に疑問を感じた場合は、他の不動産会社への無料相談やセカンドオピニオンサービスを活用してみましょう。
不動産会社で店長や営業部長として12年間勤務し、売買、賃貸、賃貸管理、売却査定等、あらゆる業務に精通。「実情がわかりにくい不動産業界をもっと身近に感じてもらいたい」をモットーに執筆活動を展開中。
不動産会社で店長や営業部長として12年間勤務し、売買、賃貸、賃貸管理、売却査定等、あらゆる業務に精通。「実情がわかりにくい不動産業界をもっと身近に感じてもらいたい」をモットーに執筆活動を展開中。
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