不動産の売買や賃貸借といった取引時に、宅地建物取引業者(いわゆる不動産業者。以下「宅建業者」)は、取引に関する重要事項として事前に説明しなければなりません。これについて国土交通省は、本年(令和2年)7月17日、地方自治体が作成した水害ハザードマップにおける対象物件の所在地に関する説明を、追加で義務付ける旨を告示しました。
取引に関する「重要事項」というからには、今回の改正は取引当事者にとっても、不動産会社にとっても「重要な改正」であり、理解しておいた方が良いのは間違いなさそうです。
この改正についての理解を深めるには、改正の内容や背景を知ると同様に、そもそも不動産取引に関する重要事項説明とは何かを知る必要があります。そこで前回のコラムでは、不動産取引で事前に説明しなければならない重要事項とは何かについてご説明させていただきました。
重要事項説明とは、取引に関わる不動産会社(宅建業者)が、買主・借主等に対して、「宅地建物取引業法」(以下「宅建業法」)に定められた不動産取引に関する重要事項を、書面をもって説明することをいいます。安全で公正な不動産取引を進める上で、取引当事者が最低限理解しておかなければならない重要な事項を、あらかじめ宅建業法で指定しておき、宅建業者が責任を持って説明する義務を負うものと定めているのです。
この重要事項に「水害ハザードマップによる説明義務」が追加されたというのが今回の改正です。その背景や内容をより具体的に説明していくことにしましょう。

(写真はイメージです)
自然災害の激甚化への対応策 「総力戦で挑む防災・減災プロジェクト」の一環
平成28年の熊本地震、平成30年7月の豪雨、令和元年台風15号・19号など、この数年だけでも、激甚な災害が頻発しています。これを受けて国土交通省は、総力を挙げて抜本的かつ総合的な防災・減災対策の確立を目指すため、「総力戦で挑む防災・減災プロジェクト~いのちとくらしを守る防災減災~」を立ち上げ、本年1月21日に国土交通大臣を本部長とする「国土交通省防災・減災対策本部(第1回)」を開催しプロジェクトをスタートしました。
防災・減災対策を進めるにあたっては、防災意識の向上などが不可欠とし、国民各階層へ広く理解・共感を得ていく視点から、本プロジェクトについては若手職員等の知見も活かして積極的な情報発信を行うとしています。
検討テーマとして、次の4つが掲げられています。
① 気候変動や切迫する情報災害等に対応したハード・ソフト対策のあり方 等
② 防災・減災のためのすまい方や土地利用のあり方 等
③ 交通分野の防災・減災対策のあり方 等
④ 防災・減災のための長期的な国土・地域づくりのあり方
また具体的には87にわたる施策が設定されており、詳しくは国土交通省ホームページでご覧になれます。
なお、今回改正のあった「不動産取引における水害リスク情報の提供」についても、上記の資料に説明されています(No.23)。水害リスクの情報が不動産取引当事者に十分に認識されていないという課題に対して、平成31年4月ならびに令和元年7月に、不動産関連団体に対して水害リスクの情報を提供するよう協力依頼を出しています。

(国土交通省ホームページより抜粋)
改正の具体的な内容
それでは、宅建業者が提供するべき「水害リスクの情報」は、具体的にどう改正されたのでしょうか。
これについて国土交通省は、本改正の内容を下記の通り発表しています。
(1)宅地建物取引業法施行規則について
宅建業法において義務付けている重要事項説明の対象項目について、水防法(昭和24年法律193号)の規定に基づき作成された水害ハザードマップにおける対象物件の所在地を追加しています。
(2)宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方(ガイドライン)について
上記(1)の改正に合わせ、具体的な説明方法等を明確化するために、ガイドラインにて以下の内容等を追加しています。
・水防法に基づき作成された水害(洪水・雨水出水・高潮)ハザードマップを提示し、対象物件のおおむねの位置を示すこと
・市町村が配布する印刷物または市町村のホームページに掲載されているものを印刷したものであって、入手可能な最新のものを使うこと
・ハザードマップ上に記載された避難所について、併せてその位置を示すことが望ましいこと
・対象物件が浸水想定区域に該当しないことをもって、水害リスクがないと相手方が誤認することのないよう配慮すること
ハザードマップは、取引対象となる不動産のある市町村のホームページから入手できます。紙で配布している市町村もあります。また国土交通省は、各市町村が作成した、地域ごとの様々な種類のハザードマップを閲覧できるサイトを作成しています。ここで確認できない場合は、各市町村に直接お問い合わせください。
⇒ハザードマップポータルサイト
重要事項説明の際には、水防法に基づく水害ハザードマップを提示しながら、当該マップにおける取引の対象となる宅地または建物の位置を具体的に示す必要があります。
さらに詳細な内容として、国土交通省は、本改正に関するQ&Aを発表しています。実務に当たっては、一度目を通しておくと良いでしょう。
防災・減災プロジェクトの具体的な内容
本年7月6日には、これまでの検討結果を具体的な施策として実行に移すため、「国土交通省防災・減災対策本部(第2回)」を開催し、プロジェクトのとりまとめを行いました。
主要な施策は以下の10項目にまとめられています。
1.あらゆる関係者により流域全体で行う「流域治水」への転換
2.気候変動の影響を反映した治水計画等への見直し
3.防災・減災のためのすまい方や土地利用の推進
4.災害発生時における人流・物流コントロール
5.交通・物流の機能確保のための事前の備え
6.安全・安心な避難のための事前の備え
7.インフラ老朽化対策や地域防災力の強化
8.新技術の活用による防災・減災の高度化・迅速化
9.わかりやすい情報発信の推進
10.行政・事業者・国民の活動や取り組みへの防災・減災視点の定着
それぞれの具体的な内容については国土交通省ホームページに記載されています。
特に、「3.防災・減災のためのすまい方や土地利用の推進」で述べられている施策は、従来型の「危険地帯への警戒、注意を促すこと」や「治水工事等による環境改善」といったありふれた提言にとどまりません。
災害ハザードエリアにできるだけ住まわせないための土地利用規制・誘導に加え、災害リスク情報のさらなる活用、都市開発プロジェクトにおける防災・減災対策の評価などにより、防災・減災のためのすまい方や土地利用を推進しようという施策は、かなり積極的で、踏み込んだ印象を与えるものだといえます。
今回の水害リスクの説明に関しては、「10.行政・事業者・国民の活動や取り組みへの防災・減災視点の定着」で解説されています。民間の経済活動において、防災・減災を考慮する仕組みを導入するということです。

(国土交通省ホームページより抜粋。赤枠・矢印は筆者による追記)
今回の重要事項説明に関する改正は、こうした大規模水災害の被害の頻発に対する政府の対応策の一環として、意思決定の際に不動産取引の当事者に水災害リスクの情報を十分に理解してもらうことで、防災・減災視点の定着につなげようという趣旨だといえるでしょう。
プロフィール
早坂 龍太(宅地建物取引士)
龍翔プランニング代表取締役。北海道大学法学部卒業。石油元売会社勤務を経て、北海道で不動産の賃貸管理、売買・賃貸仲介、プランニング・コンサルティングを行う。