不動産業界は、新築マンションが継続的に建設されてきたことに加え、建設技術や資材の質が向上し建物の耐久性が上がったことなどから、徐々に中古マンションの在庫が増え、ストック産業に移行しつつあります。中古住宅の流通が活発化しているのです。
そうした状況で直面する難しい問題が「適正な売買価格を把握する」ということです。世の中に同じ住戸はなく、同じマンションでも各住戸によって間取りも違えば、日当たりや眺望も違います。周辺には類似の販売物件や成約事例がありますが、近い条件であっても、同じではありません。
売却する側は「できるだけ高く売りたい」という気持ちがある一方、購入する側は「できるだけ安く買いたい」という気持ちがあります。売却活動の開始後すぐに数人から購入の申し込みがあったら、「値付けが安すぎたのでは?」という気持ちを売主側は抱くでしょう。
今回は、マンションの販売価格をどのように設定するべきか、また、売却活動中の価格変更のタイミングなどについてご説明いたします。

(写真はイメージです)
需要と供給
販売価格の考え方の大前提は、「需要と供給のバランス」です。不動産に限らず、何かを売買する時には、全てこの考え方が当てはまります。
駅前が再開発され暮らしやすくなった街は、住みたいという人が増えて需要が高まり、マンションの価格が高くなります。反対に、生活利便性が低く、売却物件が過剰になっている街では、マンションの価格が下落します。当たり前ですが、これこそが売買の原理。需要と供給のバランスをどこまで客観的に判断できるかが重要です。
成約事例と販売物件
不動産の販売価格を考える時、実際に参考にするものは、主に「成約事例」と「販売中の物件」です。
「成約事例」は、実際に成約した価格が把握できるため、非常に参考になります。しかしながら、成約日から現在まで時間が経過している場合は注意が必要です。
2年前の成約事例であれば、2年間の経年劣化を考慮せねばなりませんし、2年の間に周辺の再開発などで「需要と供給」のバランスが変わってきている場合もあります。
成約事例は、できるだけ所有のお部屋に条件が近いもの、そして成約日が近いものを参考にするようにしましょう。
「販売中の物件」とは、ご自身の物件を実際に売り出した時に競合する物件です。価格帯が近い物件は比較検討されますので、どの価格帯に設定すれば、買主に選ばれるのかを考える必要があります。
例えば、お持ちの部屋の2階上のお部屋が4,000万円で販売されていた場合、お持ちの部屋を4,500万円で販売しても引き合いは少ないでしょう。内装の状態や売却事情など様々な要因がありますので、絶対に売れないとは言いませんが、少なくとも情報が価格順に並ぶポータルサイトなどでは興味を持たれにくくなると考えられます。
また、競合となる「販売中の物件」の、販売期間なども考慮して比較検討する必要があります。販売を開始してから既に半年が経過しているような物件は、適正価格よりも高く設定してしまったため売れ残っている物件かもしれないからです。
不動産業者の査定
公益財団法人不動産流通推進センターでは、比較検討の仕方に一定の基準を設けて数値化することで、適正な査定価格を提示する仕組みが提示されています。
参照:価格査定マニュアル
査定価格は、あくまで成約事例から示される価格。一方、需給バランスや販売物件の状況などから成約できそうな価格を示したのが不動産業者によるマーケットプライスです。
マーケットプライスは、近隣不動産の流通状況や他の販売物件の状況、内装の状態などから判断するため、不動産業者によって差があります。ただし不動産業者の中には、マーケットプライスを高めに提示することで、自社が売却依頼を受けやすくなるようにする業者もありますので注意が必要です。
出来るだけ正確なマーケットプライスを知るためには複数の業者に査定を依頼することも有効です。複数の業者から提示された査定から、マーケットプライスの「相場観」を得ることができるためです。マーケットプライスの妥当性を確認し、納得した上で販売価格を決定するようにしましょう。
販売情報の広がり方
ここまでご紹介した、様々な要素を考慮した上で販売価格を決定し販売を開始しても、なかなか買い手が付かない可能性もあります。その反対に、すぐに購入希望者が決まってしまう場合もあります。ここからは、販売活動開始後に販売価格を変更する場合の考え方についてご説明します。
まず、不動産仲介会社に売却活動を依頼し、活動に何も制限をかけなければ、約1ヶ月間で購入希望者には情報が伝わるとお考えください。
不動産流通業界では、売却情報の囲い込みを禁止するため、専任媒介契約(1社のみが窓口になる契約)を締結した不動産会社は7日以内に「レインズ」と呼ばれる不動産業者だけが閲覧できるサイトへの売却情報の登録が義務付けられています。この時点で、他の不動産業者を通じて購入希望者に売却情報が届くことになります。
折込チラシなどの紙媒体は相応の制作期間を要するため、実際に売却情報が掲載されるのは、2~3週間後になります。自社のホームページなどにはそれよりも早めに情報の登録がなされていると考えられます。
こういうわけで、売却活動を依頼した日から1ヶ月程度が経過すれば、その時に不動産を探している人たちにはおおむね情報が行き届く、と言えるのです。
販売価格を下げるタイミング
売主の売却情報は約1ヶ月で伝播し、それ以降は見学希望などの反応が少なくなると想定されます。なので、売却活動開始から1ヶ月半程度が過ぎても前向きに検討する人が現れなければ、販売価格を見直しした方が良いかもしれません。
不動産情報サイトの検索区分(「○○万円~○○万円」)がワンランク変わるところまで金額を下げれば、大きく反応が変わってきます。ただ、そこまで大きく下げる前に、まずは同時期に販売している競合物件よりも優位に立てるところまでにとどめておくとよいでしょう。
販売価格を上げる場合
売却活動を始めてすぐに複数人から前向きな話が入ることもあります。そんな時、「販売価格をもう少し高く設定しても良いのではないか」と考える方があるかもしれません。手続き上は問題なく、売買契約を締結する直前までは販売価格の値上げは可能です。しかしながら、それには大きなリスクが潜んでいます。
食料品などが値上げする主な要因は、原材料の高騰など購入者が「やむなし」と思える理由です。「よく売れるから値上げ」というケースは稀です。不動産も同様で、購入者側が納得できる値上げの理由を示せなければ、購入意欲が失われる恐れがあります。仮に値上げに納得して契約に至ったとしても、買主側の印象は良くないでしょう。
もしお持ちの売却物件への引き合いが多く、どうしても現在の販売価格で納得できない場合は、一度売却活動を中止して販売情報を削除した後、数ヶ月後に改めて、納得のゆく販売価格で売りに出すことをお勧めします。
ただし、購入希望者が見つかることは、ご縁にも近いものです。再販時には周辺の競合物件の状況も、購入検討者も変わっています。以前に引き合いのあったような高い金額で売れる保証はありません。値上げについては、このことを理解した上で慎重に判断してください。
不動産売買という数千万円規模の売買は、売主にとっても買主にとってもなかなかない機会であり、慎重になる方がほとんどです。値上げをする場合は、購入希望者を逃した時のリスクなどをしっかりと考え、ご自身が納得した上で判断するようにしましょう。
斉藤勇佑(宅地建物取引士)
大学卒業後、5年間不動産売買業務に従事。その後、不動産管理会社に転職し、分譲マンションの維持・管理を中心とした業務に5年間かかわり、現在は不動産のストック分野の業務に従事。
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