常に一歩先を行くマンション選びの視点について、不動産事業プロデューサーの牧野知弘氏に引き続き話をうかがいました。今回で完結となります。
(取材・構成 不動産のリアル編集部)

牧野知弘氏
「負動産」にしないためにできること
――値上がり目的までは行かなくても、30~40年後に子供にマンションを相続するとき、売るに売れないマンションになって子供に負担にならないようにするために最適なエリアはどこなのかなと考えてしまいます。
牧野 そういった意味では、マイナス要因をできるだけ避けるしかないですね。マンションの資産価値は下がるかもしれないけども暴落しない、という買い方をするといいと思います。浦和の駅前にある物件のように「腐っても鯛」という物件ですね。
場所だけでなく注意してほしいのが、同じマンションに住んでいる人たちみんながそのマンションを気に入って大事にしているかということです。自分は気に入って住んでいても、100軒あるうちの10軒が「こんなマンションは早く捨てたい」などと考えているマンション、つまり一緒に住んでいる人たちが全然価値を認めず、時代の変遷とともに取り残されていくようなマンションはやがて資産価値が落ちていきます。
気に入ったマンションを買うなと言っているのではありません。自分が好きだったら、資産価値が下がろうが住めばいいのです。ただ、マンションの非常に難しいところが、共同体であるがゆえに全体がよくないと自分の幸せ度がどんどん下がっていってしまうことなんです。自分は大事に住みたいと思っても、そう思わない住人がいると修繕積立金が不足したり、日常の管理がおろそかになったりします。つまり「上がった、下がった」でマンションは買うものではないということです。
街に求める気に入ったポイントは人によって違うと思います。いちばん多いのは学校です。小学校の学区がいいからといってそこを選んだ人が、子供の成長した後にそのエリアに住み続けても便利かどうかは疑問です。中学生になったらここ、その後はここ、とライフステージに沿って住むのに最適な街は変わってきます。
マンションは長く住むものではない
牧野 そう考えると、マンションというのは長く住むものではないといえるのかもしれませんね。日本でマンションができ始めたころ、「仮の宿にすぎない」と言われたものですが、いつのまにかマンションは永住するものになりました。でも、実際のところマンションは永住するには少しつらいですよね。共同体である以上、他人の不幸も背負い込んで生活しないといけないのです。
住み始めてから10年くらいは、マンションのよさについて住人の皆さんで一致しているんですが、築年数の経過とともに、だんだん皆さんの置かれている環境も考えも離れていきます。なので、なるべく10年くらいで住み替えることをおすすめします。その意味ではあまり価値が下がるものだと買い換えができなくなってしまいますので困りますよね。
逆に一軒家だったらお好きなようにされたらいいと思います。マンションは10年後に資産価値が下がらないように考えましょう。人が集まっているエリアで選ぶようにしましょう。
牧野氏がムサコを敬遠するワケ
――逆に先生が住みたくないエリアはありますか?
牧野 個人的な意見ですが、武蔵小杉のタワーマンションに住むのは遠慮したいですね。武蔵小杉という街を知りすぎていることもありますが、あそこは住んで全然いいところだとは思わないです。たしかに交通の利便性は悪くない。でも交通利便性だけで生活をするわけではないでしょう。
武蔵小杉は、たぶん住民の年齢層がほとんど同じで、かつての多摩ニュータウンを天に向かって高く伸ばしただけです。ただ、多摩ニュータウン以上に問題なのは、多摩の丘は崩れないけれど、建物には寿命があることです。そこは流行で選ばない方がいいと思います。
その意味で、大宮や浦和は地盤があって歴史があって、昔から人が住んでいる。一方、武蔵小杉は昔、田んぼだったんです。そういう意味で武蔵小杉は実験的な街であり、まさに「ニュータウン」なんです。なので、かつてのニュータウンがたどった運命と同じになる可能性があります。
大宮や浦和に代表されるような歴史的な基盤がある街は、世代が交わる都市でもあります。私が25年住んでいる藤沢という街も意外と高齢化していません。学校のクラスの学級数や人数を見ていたらわかります。変わっていないということは若い人がいるということ。高齢者が増えても、老若男女がうまくバランスしている。つまり、常に住宅需要があるということです。ニュータウンは一時期のニーズだけで、継続して新しい世代が入ってこないので、やがて崩壊に近づきます。
――超大型ショッピングセンターやアウトレットモール周りに広がる住宅地も避けた方がよいでしょうか?
牧野 ショッピングセンターは冷たい存在ですよ。彼らも商売なので、住民が高齢化し始めると、ためらわずに逃げていきます。昔のニュータウンを見ても、商業施設はこぞって閉店しています。人が集まるところがいいと言いますが、それだけではだめです。3世代が交わる街を選んでほしい。高齢の人、働く人、若者もいる。3世代が交わっている街がいちばん衰えません。
結論、「人が集まる場所」を選ぼう
――ライフステージにおいては都心に近いだけではダメなんですね。
牧野 エリアはそれぞれの好みですからね。絶対的なマニュアルは存在しないし、地縁もあります。私の場合は神奈川ですので、最初から埼玉という選択肢は存在しません。単純に価格が安くて交通利便性がよければ選ばれるというわけではありません。それぞれのライフステージにおいて必要な要素をもっているマンションを選ぶ中で、10年後に買い換えをしようと思ったときに「失敗したー」とならないような選び方は可能です。
先ほど申し上げたように、たくさん人が集まり、3世代が交流しているところ。それが埼玉県だと大宮であり浦和なんでしょうね。逆に乗降客が少なくて、あまり商業施設もない駅だと、いくら駅前だからといってマンションを買っていいことがあるかというと疑問です。
街としての魅力も必要です。駅周辺に自転車置き場しかないようなところは人口も増えないし、資産価値は守れません。そのあたりをよく考えてから住む街やマンションを選んでいくことが、みなさまのためにも、相続されるお子さまのためにも大事なことだと思います。
=(完)
■牧野知弘氏(オラガ総研株式会社 代表取締役)
東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現:みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年、三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し、ホテルリノベーション、経営企画、収益分析、コスト削減、新規開発業務に従事する。2006年、日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT(不動産投資信託)市場に上場。2009年、株式会社オフィス・牧野設立およびオラガHSC株式会社を設立、代表取締役に就任。2015年にオラガ総研株式会社を設立、代表取締役に就任する。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)『老いる東京、甦る地方』(PHPビジネス新書)『こんな街に「家」を買ってはいけない』(角川新書)『2020年マンション大崩壊』『2040年全ビジネスモデル消滅』(ともに文春新書)、『街間格差 オリンピック後に輝く街、くすむ街』(中公新書ラクレ)などがある。