不動産の売買を不動産業者の仲介により行う場合、「売買価格×3%+6万円」(速算式)を上限とする仲介手数料が発生します。この場合、例えば売買価格が5,000万円の場合、売主と買主は各々156万円という非常に大きな仲介手数料(および消費税)の負担を強いられます。
一方、不動産業者を通さずに、売主と買主が直接取引をすれば仲介手数料は必要ないのですが、現実にはそれがなかなか行われていない状況です。
今回は、不動産の個人間売買がなぜ広まらないのか、また個人間売買でどのような対応をしていけば良いかについて、行政書士で宅地建物取引士でもある筆者の考えを述べていきたいと思います。

(写真はイメージです)
法律上は問題なし
不動産業者は、宅地建物取引業法に基づいて宅地や建物の売買・交換・賃貸の代理や媒介を業として行う場合には、国土交通大臣または都道府県知事の免許を受けなければならない、とされています。
この制限は、不動産取引を行う不動産業者に対して消費者の利益を守るために課されるものであって、個人が自己の不動産を売却したり、売主から直接購入したりすることを制限するものではありません。
したがって、不動産の個人間売買に免許などは必要なく、また違法ではありませんが、契約自由の原則により自己責任で行うことになるということは覚えておきましょう。
また、不動産業者が取引をする場合には、必ず売買契約書・重要事項説明書を作成・交付することが宅地建物取引業法上義務付けられています。一方、個人間売買においては民法上義務付けられていません。だからといって大きな金額が動く不動産売買を「口約束」だけで行うというのは危険な行為であり、後々のトラブルのもとになります。
契約書類を自分で作成
不動産の個人間売買におけるハードルの1つに、上述の売買契約書や重要事項説明書などの書類を自分で作成するという点があります。
これらのフォーマットはインターネットなどで公開されており、体裁を整えるのはそれほど難しくありませんが、問題は、記載する内容を自分で直接交渉して煮詰めていくプロセスです。
売買契約書には、売買物件がどこにあるのかを明示すると共に、以下の条項の記載が必要です。
- ・売買代金・手付金の支払いに関する取り決め
- ・所有権移転と物件引き渡しに関する取り決め
- ・抵当権の抹消や固定資産税の精算・起算開始日などの金銭に関する取り決め
- ・契約を履行できない場合の取り決め
- ・瑕疵担保責任に関する取り決め など
さらに、重要事項説明書には物件についての説明の他に、以下の項目が必要になります。
- ・法令上の制限についての説明
- ・土地と道路の関係(主に一戸建て・土地)についての説明
- ・インフラ整備(主に一戸建て・土地)についての説明
- ・敷地や建物の状態についての説明
- ・マンションの場合共用部分についての説明
- ・代金以外に必要な金銭についての説明
- ・契約解除についての説明
- ・保険加入についての説明
また住宅ローンを組む場合、金融機関から売買契約書や重要事項説明書の提出が求められることがありますが、金融機関によっては個人間売買の売買契約書などではローンの審査を通さないこともあります。住宅ローンの利用を予定している場合には、住宅ローンの審査が通らなかった場合、契約の解除についての取り決めなどを売買契約書に記載しておく必要があります。
購入者との様々なトラブル
個人間の不動産売買へのニーズがあるにもかかわらず、あまり行われない大きな理由は、トラブルが起こった際、全て売主と買主同士で解決していかねばならない煩わしさにあります。
不動産取引に関するトラブルは、契約を締結して物件を引き渡した後に発覚することも多く、加えて、大きな金額の取引であるだけに簡単に解決することが難しく、長期にわたる係争事件に発展することも珍しくありません。
その点、不動産業者はこれまでの経験で培った取引のノウハウを有しているため、トラブルを予見して未然に防ぎ、うまく解決する術を心得ているのです。
不動産の個人間売買の流れに沿って、どのようなトラブルが発生しうるのか、留意点を見ていきましょう。
現地確認
広告を見て購入を検討している顧客から現地確認の希望があった場合、トラブルを未然に防ぐためにも、現地確認には必ず立ち会いましょう。
また、質疑応答や条件交渉なども全て自分で行わなければなりません。交渉のスキルが稚拙だと、価格を値切られたり、行き違いが起きたりします。
契約書類の作成
売買契約書や重要事項説明書の記載に不備や問題があると、後々のトラブルの元になります。
また、「買主承認事項」は必ず明確に記載しておかなければ、トラブルになる可能性が高い事項です。
契約締結・登記手続き
売買契約を締結した後に、金銭の支払い(決済)と物件の引き渡し、できれば所有権移転登記手続きまで同時に行うのが理想的です。
この場合は、決済の場に司法書士に立ち会ってもらい、決済の確認および領収書の発行、同時に登記関係書類を司法書士に渡して登記手続きをしてもらいます。なお代金が振り込まれる金融機関で立ち合いを行えば、振込金額がすぐに確認できトラブルの防止につながります。
物件引き渡し後
売買物件の引き渡し後に、隠れた瑕疵が発覚することがあり、その場合は契約時の取り決めに従って修繕や補償を行うことになります(後述)。この時、売主との連絡が取れないといったトラブルもありますので注意が必要です。
瑕疵担保責任に関するリスク
不動産の個人間売買において最も大きなリスクは、物件の引き渡し後に隠れた瑕疵(欠陥)が発覚して深刻なトラブルを引き起こす「瑕疵担保責任」の問題です。
「瑕疵担保責任」とは、建物の基礎のひび割れ・腐食や屋根の雨漏りといった、不動産の購入当初は分からなかった瑕疵について、売主が買主に対して負う責任のことです。欠陥の程度によっては、買主は損害賠償の請求や契約の解除も可能となります。
たとえ売主が善意無過失(欠陥を知らなかった)の場合でも、買主が善意無過失であれば瑕疵担保責任は発生します。
買主が瑕疵担保責任を追及できるのは、「買主が瑕疵を知った時から1年間」と民法で定められています(売買契約の締結から1年間ではありません)。ただし個人間売買においては、この期間について両者の協議で自由に定めることができます。瑕疵が発生する可能性がより高いと想定される中古物件の売買では、この期間が短く設定されることが多いようです。この取り決め内容は契約書に特約として記載しておくよう留意しましょう。
なお、当該物件に瑕疵があると知りながら売主が隠していた場合、それが発覚すれば、契約内容によらず売主は瑕疵担保責任を負うことになります。
ちなみに、個人間売買でなく不動産会社が売主である場合、買主が瑕疵担保責任を追及できる期間は「引き渡しの日から2年間」とされています。これは宅地建物取引業法によるもので、この点から見れば、中古住宅は宅地建物取引業者から購入するほうが安心と言えるでしょう。
新築あるいは比較的新しく重大な瑕疵や問題がないマンションなどの個人売買においては、銀行など金融機関において司法書士の立ち合いのもとで、売買契約の締結・代金等の決済・登記関係書類の確認・登記手続きの依頼と進めていけば、宅地建物取引業者を通さない不動産の個人売買は可能です。
まとめ
個人間の不動産売買は、売主と買主双方にとって仲介手数料が発生しないというメリットがあるとは言え、上にみてきたポイントでトラブルが発生しうることや、物件や取引相手の信用問題などの様々なリスクもあることは認識しておくべきでしょう。こうした予見しにくいトラブルやリスクがある点が、不動産の個人間売買が広まらない理由と言えるでしょう。
これまで不動産の個人売買と言えば、ほとんどは親子・親族間あるいは友人・知人間の売買でしたが、最近ではインターネット上で個人が物件情報を公開して買主を探す手法が普及しつつあります。物件調査や書面作成の代行サービス会社もあり、事務作業の負担軽減も可能です。またトラブルが心配であれば行政サービスの利用や弁護士への相談も視野に入れておけば安心です。このように不動産取引のあり方は、次第にネット時代に多様化してきていると言えます。
上田謙悟(宅地建物取引士、行政書司)
建設業許可申請、経営事項審査、入札参加資格審査申請等各種許認可登録申請を25年間行う。最近では婚姻、離婚、遺言、相続、起業、法人設立、事業承継、資金調達、M&A等に関する相談も手がける。