今後の国内の人口は減り、労働力も減っていく。縮小していく市場を見据え、どの部分をどう整理していくのか。空き家増加が進み、資産価値の下落が懸念される今後の不動産業界には待ったなしの課題だ。
貸家着工がなぜ増える
2016年2月のマイナス金利導入以来、不動産業界への影響として鮮明になってきたのは住宅投資の増加だ。特に賃貸用マンション、アパートなど貸家戸数の増加が顕著で、4-6月の貸家着工戸数は、前年比で11%も増えた。
ただ、これは決して実需ではない。その理由は2つ考えられる。
ひとつは節税目的だ。所有する土地に貸家を建てると相続税の評価額が下がる。2015年から相続税が課税強化されたことも重なり、「高い税金を取られるくらいなら、土地に賃貸住宅を建てたほうが得だ」というわけだ。
もうひとつが、マイナス金利政策でかつ日銀が依然として国債買い入れを続けているため長期金利が低金利に張り付いているためだ。こうなると、アパート建築のためのアパートローンの金利も低いままだから、貸家建設に歯止めがかからない状態なのだ。
いずれの場合も、投資家にとっては別に入居者がなくても税メリットは享受できているので、そこには関心がない。要するに、需要があるから供給しているのではないのだ。
政府も日銀も経済指標を見あやまっている
日銀の黒田東彦総裁は、貸家戸数の増加をマイナス金利政策の効果に挙げている。政府も有効求人倍率の上昇をアベノミクスの成果だと強調している。ただ、この評価は妥当なものだろうか。
有効求人倍率は、求職数を分母に、2か月間有効の求人を分子にしてその倍率を調べる指標。1を超えると、求人数が応募者数を上回っているということで、景気の上昇傾向を示すとされてきた。リーマンショック後の2009年には0.47という過去最悪の数値となった。それが2014年に1を超え、2016年になって1.2まで回復した。
ただ、これは素直に喜べるものではないかもしれない。正しく認識するためには、日本は人口も労働力人口も減りつつあるというこれまでに直面したことのない時代に突入したことを理解しておかなければならない。有効求人倍率が上がったのはそもそも「分母」の求職者が減ったから、と考えるのが合理的だ。
空き家率13.5%の衝撃と中古不動産市況
貸家戸数の増加が景気上昇のあらわれ、と評価するのは、もっと大きな勘違いかもしれない。総務省が「日本の空き家は820万戸、住宅全体の13.5%(2013年)」というデータを発表したのは2014年7月のことだった。
一方、戦後高度経済成長期が終焉した1968年、空き家は103万戸(空き家率4.0%)に過ぎなかった。半世紀近くで8倍にもなったのだ。
そのうち、賃貸用住宅が429万戸と最も多い。別荘などの二次的住宅は41万戸、売却用住宅は30万戸で、これら3種の空き家はいずれも全体に占める割合がどれも減少傾向にある。
一方、増えている種類がある。それは、この3種以外の状態にある「その他の空き家」と称されるものだ。具体的には「撤去費用が捻出できずに放置されている住宅」「親が亡くなったあと放置されている住宅」などで、その数は318万戸に及ぶ。
「その他の空き家」が増加している原因は明らかに所有者の金銭的問題だ。景気上昇とは無関係といえる。
空き家問題が深刻化しているのは、実は、過疎化が進行する田舎だけの問題ではない。空き家820万戸のうち、都市圏(東京、神奈川、愛知、大阪)だけで3割近くの240万戸もあることがそれを示している。国全体では人口が減少しているとはいえ、都市圏では人口は増加している。
ただ、この傾向も現時点に限っていえることであり、都市圏でも人口増加が止まる2020年以降は、都市圏での空き家がさらに増加するだろう。専門家の中には、「空き家は2023年には住宅全体の20%以上、2030年には25%以上になる」と推計する人もいる。
空き家増加が住宅価格崩壊をもたらす
シンガポール国立大学不動産研究センターの清水千弘教授は2015年、人口の減少と高齢化が同時に起きると「資産価格のメルトダウン(崩壊)」を起こす可能性があるというシミュレーションを発表し、大きなインパクトを与えた。
シミュレーション結果によると、2010~2040年までの30年間で現在の社会制度や、国際的な人口移動が大きく変化しないとすると、1人あたりのGDP(国内総生産)として測定された生産性の変化、総人口の減少、老齢人口依存比率の上昇を変数として推計した住宅価格の変動率は、マイナス46%となった。
この現象は日本だけにとどまるものではなく、アジアでは中国はマイナス51%、韓国はマイナス54%、タイはマイナス60%、香港はマイナス47%と日本を上回っている。シンガポールはマイナス27%だったという。これらの国ではいずれも日本とは異なり人口は増加しているのだが、老齢人口比率が一気に大きくなっていくためだという。
ヨーロッパでも同様で、英国でマイナス9%、フランスでマイナス15%。日本と同様に人口減少と老齢人口依存比率の上昇が同時に進んでいるドイツではマイナス44%と、日本とほぼ同じ数字が出ている。
ただ、このシミュレーションには日本における最近の貸家戸数の増加が織り込まれていないので、もっと深刻なことになる。
価格崩壊は打つ手なし?
こんな絶望的な予測を前に、住宅価格の崩壊を今のうちから食い止める手だてはあるのか。清水教授は「移民の受け入れ」「定年年齢と年金支給年齢の70-75歳までへの引き上げ」「女性の社会進出の促進」の3つの社会変革の必要性を訴える。
清水教授によると、まず、2010年の住宅価格を維持できるように生産年齢に限定して移民を受け入れるとすると、2040年までに受け入れる必要がある人数は全国で4000万人で、1年に130万人にもなるという。建国以来、移民を受け入れているアメリカや、EC成立以来、域外からの移民をずっと受け入れてきたドイツなどと違い、国内から厳しい反対意見も多い日本では年130万人という数字は非現実的だろう。
女性の社会進出促進や定年年齢引き上げは、さらに効果が薄いようだ。女性の就業率を男性並みに高めても、その効果は定年を70歳まで引き上げるよりも小さいという。また、定年は70歳ではなく75歳まで引き上げないと維持できないという。
このため、この3つの政策は単独ではダメで、同時進行でなくてはならないというのが清水教授の主張だ。
とにかく、住宅戸数を減らさないことには始まらない。老朽住宅の減築や除却を進めやすいように、国が税制面で優遇したり、補助金を出すなどの施策も求められるだろう。その前に、不動産業界の自助努力が必要なことはいうまでもない。
政府も手をこまねいているわけでないが・・・
「景気が悪くなると、政府は住宅や不動産を景気対策に使うが…」と不動産流通システム社(REDS)の代表取締役、深谷さんは「実感としてアパートは空室率3割を超えている」。それでも「相続対策の理由を付けて新しいアパートの建設促進を許す、それで良いのか、という問題意識がある」という。
「クルマだって免許を取る人が減っている。これはクルマが飽和状態になった結果。同じように、住宅もこれ以上増やさず、どう整理していくのかという時代に入った。実感で言えるのは、駅から徒歩圏でない住宅は淘汰されていく気がする」と不動産流通システム社(REDS)のREDSの代表取締役、深谷十三さんはいう。
こうした現状に、政府も無為無策というわけではない。住宅の専門家が第三者的な立場から、住宅の劣化状況や欠陥の有無、改修すべき箇所やその時期、費用などについて分析する「インスペクション」(住宅診断)を中古住宅の適正評価のために導入したのもそのひとつ。
すでにアメリカでは、インスペクションの専門家が独立業務として成り立っている。日本もインスペクションの普及を前提として、住宅面積や間取り、築年数、登記情報といったベーシックな情報だけでなく、土地の地盤や地質の状況、過去に液状化や浸水したことがあるかなど、ネガティブな情報も含め一元化した「住宅データベース」の試験運用が2015年から始まっている。
日本では、新築でローンを組み始めた瞬間から価値は下がっていくとされてきた。しかも建物寿命が30年ほどしかなく、住宅ローンの返済を終える頃に、再び建て替えを検討しなければならないという家庭も多いはずだ。これではあまりにも「もったいない」といえる。
インスペクションが普及し、欠陥部分に早め早めに手を打っていく人が増えていけば、築年数にかかわらず価値を保ち続ける住宅が増えるだろう。
一方、インスペクションは、2000年施行の「住宅の品質確保の促進に関する法律」(品確法)の延長にある制度だが、REDSの深谷さんが言うように「品確法以前の住宅のうちかなり多くは市場では、売るに売れない状態になり、廃棄せざるを得なくなる」かも知れない。
持ち家があったり、マンションを購入した人にとって、家計で最も大きな資産は住宅だろう。多くの人にとってこれは他人ごとではない。国全体の資産のメルトダンを防ぐため、知恵と行動がなにより求められる。
山嵜一夫
著述業、毎日新聞グループホールディングス(GHD)顧問。毎日新聞の検察、裁判等を追う司法担当、遊軍記者など記者生活28年。2008年取締役社長室長。毎日新聞GHD取締役兼毎日新聞常務経営戦略担当などのあと2014年、毎日新聞GHD取締役専務で退任。
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