2020年にひかえる東京オリンピック。どの業界も、20年以降を見据えている。不動産業界もそのひとつだ。日本人のなかには「住まいは一生一度の買い物」観が強く根付いている。
そんな中、「シェアハウス」なども増え、「買う」から「借りる」へと変わる予兆もある。そうだとしても、人の一生に直接かかわる「住」の重要さが薄れるわけではない。
いわゆる「ガラパゴス現象」。日本企業の特性を表わした言葉で、孤立した日本市場という環境のなかで「最適化」が進むと、国際基準との互換性を失い、取り残されるだけでなく、海外から優れた製品・技術が導入されると最終的に業界ぐるみで淘汰されるという警句(けいく)だ。
代表的なものに海外から入ってきたスマートフォンに駆逐されつつある国産の携帯電話(いわゆるガラケー)がある。不動産業界もこのガラパゴス化が顕著だとされる。日本式不動産業界あるいは日本の不動産業界はガラケーのように淘汰されるのか。国際基準に反しているとされる実態に迫ってみる。
大手ビジネス雑誌による「物件囲い込みによる不正」の暴露
2015年4月、大手ビジネス週刊誌「週刊ダイヤモンド」によって、不動産業界の闇が暴露された。宅地建物取引業法違反にもなりかねない不動産仲介に関する「不正行為」ともいえる商慣習に関する調査リポートが業界で出回っている、との内容は、多くの人に衝撃を与えた。
その不正というのは、業界で「物件の囲い込み」といわれる行為だ。この行為は業界ではごく当たり前のように行われてきたことだ。ただ、世間一般の常識からすれば大幅にズレていた。
記事の要旨はこうだ。
不動産仲介会社の収入の多くは、物件の売り主、買い主からの仲介手数料で成り立っている。その上限は「成約価格の3%+6万円」(成約価格が400万円以上の場合)となっている。
売りと買いの両方から仲介手数料を得ることができれば単純に収入は倍増する。これを狙って、大手ほど不動産仲介会社は、売り買い両方を1社で仕切る「両手仲介」が普通に行われてきた。
この「両手仲介」自体は違法とはいえない。しかし、「両手仲介」を成功させようとするあまり、違反行為が横行していることが問題なのだ。
売り主と媒介契約を結んでいる不動産仲介会社は、他社から物件照会があった際、「すでに交渉中」などと偽って物件照会に応じないことが多い。これが「囲い込み」と呼ばれるものだが、こうした行為は宅建業法で禁じられている。これは「故意に情報を隠したり、独占すること」に当たり、違法だからだ。発覚すれば当局から改善指示が行われ、それに従わなかった場合は最悪、業務停止処分となる。
これがなぜ違法なのか。他社からの物件照会は、潜在的買い主からのアプローチなわけだから、売れたかも知れない機会の損失を招くことになる。それは、結局は値下げせざるを得ない本当の損失につながるからだ。不動産仲介会社は、売れなくてもコスト増にはならない。囲い込んで時間をかけ、倍額の仲介手数料を得られる「両手仲介」に持ち込む方にメリットがあるわけだ。
ここで、仲介会社とお客様の利害は相反する。
暴露したのは業界内部の有志
同誌では、2014年11月から15年2月にかけて首都圏の476物件の販売物件について、業界内部の有志が不動産仲介会社と一般客のそれぞれを装い調査対象企業に電話して物件の空き状況を確認したところ、1割以上で「囲い込み」とみられる対応をされたことを明らかにした。
具体的には、不動産仲介会社を装う電話には「すでに商談に入っています」と照会を拒否したのに、一般客を装う電話に「まだ内覧した人はいないので紹介可能です」と答えた事例が、476件中50件に上ったという。記事では、こんな対応をした仲介会社の名称と担当者との電話でのやりとりも詳細に明らかにしている。
その50件の内訳は、「三井のリハウス」(三井不動産リアルティ)が40件、「Step on」の住友不動産販売が8件、「東急リバブル」が2件。いずれもテレビのCMなどで広く知られた大手だった。
同誌の取材に対し、三井不動産リアルティは「囲い込みなんて随分と昔の話。発覚すれば懲罰の対象だし、当社では囲い込みが発覚したケースは全くない」と答える。住友不動産販売も「囲い込みの事実はない」と否定している。
同誌は、「週刊住宅新聞」に掲載されたデータを引用し、2013年の主要各社の平均手数料率を紹介している。三井不動産リアルティは5.32%、住友不動産販売5.33%、東急リバブル4.39%…。「手数料収入の中には賃貸収入、火災保険料収入などが含まれるケースもある」と注記しているが、片手仲介なら3%強で済むはずの数字がこれを大きく上回っている。この平均値は「両手仲介が多い」ことを意味すると理解するのが合理的だ。
アメリカでは1970年代に廃止
大手不動産仲介会社による「両手仲介」は、実はかつてアメリカでも行われてきた。しかし、国土が広大で、日本よりもはるかに高い頻度で住み替えをするアメリカでは、取引のスピードを上げることによる利益のほうが、情報を囲い込んで両手仲介をすることで仲介手数料の倍額を得られる利益よりも大きかったのだ。
非合理なことは早急に見切りをつけるお国柄も手伝い、両手仲介の慣行は1970年代に、不動産情報を全公開した時に同時に全廃された。業者(ブローカー)と営業マン(エージェント)の役割が明確に分離されていることも特徴のひとつだ。
両手仲介を全廃することを決めたのは、全米の不動産業者を統べる全米リアルター協会(National Association of Realtors, NAR)だ。NARは1908年に設立された後、不動産の公正な取引をめざし、長い間をかけて制度を整えてきた。
現在、アメリカだけでなく日本を含む世界46か国の物件情報を載せるMLS(Multiple Listing Service)をネット上に整備。日本語を含む11か国語に対応しており、で不動産売買の意思のある誰もが、知りたい地域の物件情報を見ることができる。
「国際化」に日本の不動産業界はついていけるのか
2015年10月、日本はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の協定交渉に大筋合意し、今年に入って締結に伴う関係法整備に着手した。
TPPの目的はモノの関税だけでなく、サービスや投資の自由化を進め、知的財産、電子商取引、国有企業の規律、環境などの幅広い分野で21世紀型のルールを構築すること。実際に締結の運びとなるかはアメリカ大統領選の行方しだいとの見方もあるが、日本のすべての業界が国際化の波をかぶることは、避けられないといえる。
再びアメリカの不動産業界の話になるが、アメリカのNARが毎月発表する「米国中古住宅販売件数」の情報は中古流通を100%明らかにしているデータとして定評があるとともに、景気指標にもなっている。MLSは業者だけでなく、一般の住宅購入希望者自身が閲覧可能な情報で、アメリカ国民のみならず世界中の人がそれを見て、ブローカーに連絡し、売り買いのそれぞれにエージェントがついて、取引する。
不動産業者が知りえる情報に誰でもアクセスでき、極めて公平で合理的な取引が行われているのだ。
これに対し、残念ながらこれまで述べてきたとおり、日本の不動産業界はブラックボックスばかりとの印象が強い。しかし、あまり知られてはいないが、日本にも実は似たようなシステムは存在している。「レインズ」(Real Estate Information Network System)と呼ばれるネット上の検索システムで、宅地建物取引業法に基づき国土交通大臣の指定を受けた4つの指定流通機構が運営するものだ。
ただ、これにアクセスできるのは会員企業だけで、一般国民には開放されていない。アメリカのMLSには遠く及ばないものだ。
日本の不動産市場を長年研究してきたシンガポール国立大学(NUS)不動産研究センターの清水千弘教授は「中立的な住宅市場を熟成させることが住宅を社会資源として再生させることになる」と主張(「土地総合研究2016年冬号」)。そのためには、情報のフルオープン化が前提となるだろう。
不動産流通システム社(REDS)代表取締役の深谷十三代表さんも、レインズ情報のオープン化を主張。そのうえで、「仲介手数料を自由化することで業界の革新が進む」と力を込める。自由化とは、上限を取り払うことでもあるから、仲介手数料を引き上げる業者も出てくることになりそうだが、深谷さんは「そもそも現行の上限仲介手数料でも、赤字の企業が多いのが実情。黒字経営にできるかは企業努力の話だ」と一蹴する。
米国式の情報がフルオープンされた公正な取引こそ、今後の不動産業界に求められているのだが、改革の兆しは見えてきている。
レインズとほぼ同一の情報が、宅建マスターの主宰者でもある公益財団不動産流通推進センター運営のウェブサイト「不動産ジャパン」にも公開され、誰でもアクセスが可能となったのだ。
この取り組みがどこまで広がるか、今後も見守っていきたい。
山嵜一夫
著述業、毎日新聞グループホールディングス(GHD)顧問。毎日新聞の検察、裁判等を追う司法担当、遊軍記者など記者生活28年。2008年取締役社長室長。毎日新聞GHD取締役兼毎日新聞常務経営戦略担当などのあと2014年、毎日新聞GHD取締役専務で退任。
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