車の購入時によく聞く「残価設定ローン」ですが、残価設定のある住宅ローンが最近、登場していることをご存じでしょうか。この残価設定ローンの開発に今後、官民挙げて乗り出すことが報じられています。毎月のローン負担を軽減できることが最大のメリットである残価設定ローンの仕組みや登場した背景を紹介します。

(写真はイメージです)
残価設定ローンの仕組みは?
通常の住宅購入の場合、6,000万円の住宅を購入するときは6,000万円のローンを組みます。これに対し、残価設定型の住宅ローンは売主が将来(通常は住宅ローン終了時)の住宅の資産価値を「残価」として提示し、住宅ローンから差し引くものです。売主が残価を「2,000万円」と設定すれば、購入代金は4,000万円となり、4,000万円のローンを組めば足ります。
国民の住宅政策を担当する国土交通省は「残価設定型」住宅ローンの普及を推進し、官民挙げて開発に乗り出すことが新聞でも報じられました。国土交通省によるモデルケースは次のとおりです。
・借入時:借入対象額は本来の住宅価格から「残価」を差し引いた額
・住宅ローン終了時:借入額と「将来的な住宅価値」の差額を清算
本来の価格が6,000万円の住宅に設定した残価が2,000万円なら、実質的なローンは4,000万円分となり、毎月の返済は軽くなります。残価は元本に含まれないので、利息がかかることもありません。これが残価設定ローンの最大のメリットです。
住宅ローン終了時の清算方法は以下の3つのパターンがあります。
(1)残価で住宅を買い取る
(2)再度ローンを組む
(3)家を売却して住み換え
(3)の場合、「残価」よりも「住宅の資産価値」が高くなっていれば、売却益を得ることも可能です。
「残価設定ローン」が商品化されたのは最近のこと
新生銀行は2019年11月に、残価設定型の住宅ローンを商品化しました。基本的な仕組みは先に述べたとおりですが、同行の商品をもう少し詳しく見てみます。
多くの人が気になるのは「残価」だと思いますが、残価の設定は新生銀行が行います。また、ローン終了時の選択肢は次の4つです。
(1)売却による完済
住み替えを希望する場合の選択肢です。新生銀行が指定する不動産会社が、査定と物件売却のサポートを行います。売却先が見つからなかった場合は、残価での買い取りを保証しています。このため売却時に「残価」が残ることはないとしているので安心できるように感じますが、最初に買い取り保証の要件や詳細を確認しておきましょう。
(2)自己資金による一括返済
継続居住を希望する場合の選択肢として、残価分を退職金や自己資金で一括返済するパターンです。
(3)80歳まで期間延長
継続居住を希望する場合に自己資金が少なかったり自己資金を温存したかったりする人は、80歳まで残金を約定返済ローンに切り替えることができます。
(4)リバースモーゲージへ借り換え
継続居住を希望する場合、自宅を担保にして融資を受ける「リバースモーゲージ」という仕組みを利用できます。毎月の返済額は利息のみで(3)よりも返済額がぐっと少なくなることがメリットで、自己資金に余裕がない場合に利用しやすいでしょう。リバースモーゲージの元本は、居住者の死亡時に清算します。自宅を売却してもいいですし、相続人が支払うことで家を相続することも可能です。
2020年10月現在、対象地域は東京都、神奈川県の一部エリアのみとなっていますし、家を建てる建築会社も指定があります。新しい仕組みであるため、範囲を限定したり、条件をつけたりしながら商品のあり方を模索している印象です。興味がある人は、新生銀行に詳細を確認してみてください。
残価設定住宅ローンが求められた背景は
国土交通省は、2021年度にも民間の金融機関が参加するモデル事業を始めるようです。国が残価設定型の住宅ローンを推進する背景を見てみます。
日本における住環境の問題点
日本の住宅事情として、「住宅寿命の短さ」と「空き家の増加」という2つの課題があります。
住宅寿命が短いと、「建てては壊す」を短いスパンで繰り返すことになります。資源の消費につながるため地球環境に良くありませんし、購入者の経済的負担も大きくなります。木造住宅では「建築から20~25年が経つと資産価値がほぼゼロになる」とされており、30代で家を購入しても一般的な退職時期には家の資産価値がない状態です。特に現代は、人生100年時代と言われています。人生100年時代に住宅寿命が短くては、老後に住環境が悪化することが予想されます。
一方、空き家問題では、空き家の増加を抑止する方法のひとつとして中古住宅の流通が進められています。しかしそもそも住宅寿命が短いと、中古住宅の印象も「老朽化した家」「すぐに住めなくなる家」などとなってしまいます。住宅寿命の長い家が広く流通すれば、中古住宅市場が活性化し、空き家の増加が食い止められると考えられます。
存在感が増す長期優良住宅
こうした住環境の課題を克服するために、「長期優良住宅」が推奨されてきました。簡単に言うと、長期優良住宅とは長く住める「良い家」のことで、税制優遇や住宅ローン金利優遇もあります。2017年度の新築一戸建てでは、約4件に1件が長期優良住宅と普及が進んできました。
長期優良住宅が増え、中古住宅に対するマイナスイメージが減っていけば、空き家問題の改善も見込めるでしょう。残価設定住宅ローンは返済が終了する頃になっても家の状態が良好であることが前提です。国土交通省が民間の金融機関が参加するモデル事業の開始を決定したのは、残価設定型の住宅ローンを行う下地が整ったと判断したからと思われます。
残価設定型ローンで中古戸建てを買う際は、長期優良住宅を選ぶほうが賢明でしょう。
残価設定型住宅ローンをオススメできる人と、利用しないほうがいい人
残価設定型の住宅ローンのメリットは、何といっても毎月の返済額が抑えられることです。また、住宅ローン終了後にどういう選択をするかを、その時の状況に合わせて選べることも魅力です。
一方のデメリットは、まだ始まったばかりの仕組みなので、将来もプランどおりに行くかどうかが確実ではない可能性があることでしょうか。
そこで向いている人と、不向きな人を見ていきます。
残価設定住宅ローンが向いている人
・良い家がほしいが、毎月の返済を抑えたい人
・将来の住み替えを考えている人
・マイホームを資産形成の手段としてとらえている人
このほか、「子育てはマイホームで行いたいが、子どもが独立したら賃貸暮らしの方がいい」「住み替えに限らず、将来(主に退職後)の人生を主体的に選択したい人」など、買った住宅を「終の棲家」と考えない人には残価設定型の住宅ローンが向いているでしょう。
残価設定住宅ローンが向かない人
・退職までに住宅ローンを完済したい。また、できると見込まれる人
・将来的にはその土地で建て替えをしたい人
・マイホームを資産形成の手段としてとらえていない人
毎月の住宅ローン返済金が抑えられるのが大きなメリットですので、返済が苦にならない家計の人はそもそも必要性が薄いといえます。
新しい住宅ローンの形に疑問を呈する声もあります。住宅ローンが終わってもさらに「残価」が残ることについて「詐欺では」とTwitter上で批判する有名人もいたようです。
しかし、FPとしてはっきり言わなければなりませんが、情報は事前に正しく提示されているので詐欺とは言えません。ですが仕組みを完全に理解しないまま利用して、後に自身の想定したプランどおりにならなかった場合に、「だまされた」と感じてしまうかもしれません。計画どおりにならなかった場合も、微調整しながら使いこなす能力が必要でしょう。
仕組みを理解し、自身の資金設計の上で利用すべきでしょう。とはいえ現時点ではモデルケースがなく、難易度が高いともいえます。
仕組みをよく知り、納得の上で活用しよう
「残価設定型住宅ローン」は、うまく使いこなせれば価値ある住宅を少ない負担で手に入れる有力な手段です。また、老後の資産形成としても活用できそうです。
しかし、多額の借金を背負ってしまったなどローン完済時の状況によっては、住み続けたいという希望があっても新たなローンが組めずに出て行かなければならない可能性もあります。利用を検討している人は、リスクをよく確認したうえで判断しましょう。
横山晴美 ライフプラン応援事務所 代表
2013年にFPとして独立してから一貫して「家計」と向き合い、マネーリテラシーの向上でお金の不安が軽減することを実感。お金の不安を抱える人が、自分自身で問題を解決できるよう、お金の基礎知識を底上げするための啓蒙活動を行う。WEBコラム・セミナーなどで家計や住宅ローンなどお金について幅広い情報を発信している。