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一村 明博氏
証券のネット取引は10年で9割に
――手数料自由化とネット化によって金融業界はどのように洗練されてきましたか
一村 証券会社の営業員が株式の勧誘をしなくなりました。勧誘の必要がなくなったんです。かつては勧誘の中にはコンプライアンスが問われかねないものがあったことは事実です。それがなくなったのですから、業界は洗練されたと言えるでしょう。
具体的に言うと、たとえば片道1%の手数料だったときには、税金を考慮すると買値から3%以上値上がりしないと、投資家の利益は出なかったんですよ。株価が1,000円の銘柄は1,030円以上になって初めて利益になると。これが今では手数料が大幅に安くなりました。かつては100万円の株を買うのに1万円の手数料がかかっていたのが、今は100万円の株を買うのに300円くらいの手数料なんです。それって1,000円の株価が往復の手数料を加味しても、1,010円になればもう利益が出ちゃうということなんです。
少しの値動きでも利益が出るため、それに応じて勝手に売買が起こっている。買ってから売るまでの時間が短くなり、回転数が増えるので、結果、ボリュームが増えるということです。取引環境さえ用意すればよく、株式の売買において、勧誘をする必要がなくなったんですね。
もう何十年も前から、日本の金融業界全体の課題は、そもそも投資というものをやる人が少ないことなんです。もっと投資人口を増やさないといけないのに、この課題に対してきちんと向き合ってこなかった。アプローチをしてこなかったんです。そこを僕ら、ネット証券が担ってきたということです。実際、東京証券取引所の1日の売買代金は数千億円程度だったのが、いまは日常的に2兆円とか3兆円とかあるんですね。ネットによって流動性が増したので、こんなにボリュームが増えたのです。
ネットを通じた個人の株取引は当初は数%しかなかったのが、今はなんと9割以上です。もうほとんどがネットです。だから今では営業員を通じて株を売買するということはほとんどないですよね。1995年までは100%営業員を通じての取引だったのが、たった10年で90%になりました。
フィンテックの源流となった手数料自由化
――その要因として手数料枠撤廃というのは大きいですか。不動産業界ではそれがまだ実現しません
一村 そうですね、ひとつのきっかけにはなりました。手数料が自由化になると、「値段を引き下げないと生き残れない、そのためには営業員を介していたんじゃダメだ、なのでIT化を進めないといけない」という流れができました。技術と価格っていたちごっこじゃないですか。手数料引き下げ競争は、ある一定のところで止まるでしょうけど、それが今かもしれませんね。
不動産テックが業界で進まないということですが、先行した証券業界でも、IT化はどこから進んだかというと、それは顧客向けサービスではなくて、内部の業務効率化からなんですね。たとえば顧客データの保管の仕方が、サーバーとかデータベースというデジタルなものになりました。不動産テックも業務の改善という観点からIT化が進むのではないでしょうか。
直近のケースで言うなら、IT重説(不動産の売買・賃借契約にあたっては購入者・賃借人に書面を交付したうえで宅建士が対面で説明を行わなければならないが、スカイプなどネットを介したテレビ電話で重要事項説明を行うこと)ですね。あれは分かりやすい不動産テックですよね。このような業務の効率化は分かりやすいので、不動産業者側にもIT化を進めるうえでモチベーションが上がることでしょう。そこから不動産テックが進んでいくことは大いにありますよね。
ブロックチェーンが金融を変える
――仮想通貨が話題ですが、ブロックチェーンの技術は今後どう生かされていくでしょうか
一村 実はIT化って基本的に金融機関がやってきた業務とは相いれないんですよ。「増えたものは減らずに増え続ける、減ったものは増えずに減り続ける、逆方向には行かない」ということ、これを「単調性」と呼ぶのですが、日本の金融機関っていまだに帳票とかペーパーを使っているんですけど、なぜあんな面倒なことをやるかというと、何かあったときに絶対に振り返ることができるからなんですよ。書類を全部取ってあるので、遡ってみれば「1枚抜いた」などの問題があった箇所が分かるんですね。なので、IT化ってのを金融機関が嫌がるのも分かるんですよ。なぜかっていうと上書きされちゃうから。
IT化は単調性を否定しているんですよ。今までの金融機関の単調性とは何かといったら、たとえば書類を作って、僕がミスって、そこに印鑑を押すわけですが、この印鑑は消えませんよね。で、また間違えたら上に線を引いて印鑑を押します。これは単調性なんですよ。絶対に減りませんので。だけどITはそれをせずに上書きするんです。そうなると単調性がなくなってしまうわけで、金融機関はポリシーとしてそれを嫌がるんですね。
ところがブロックチェーンというのは単調性が担保された初めてのIT技術なんじゃないかと言われています。なぜかというと、誰が、どこで、いつ、どういう価格で取引したかなど、一度記録されたらブロック内のデータを遡及的に変更することはできないからです。これまでは単調性の問題から金融機関はITとは相いれなかったのですが、ブロックチェーンの技術がベースになってはじめて、金融機関が好む単調性というのが担保されたITになる可能性があるわけです。
不動産業界がIT化に後ろ向きな理由
――不動産でIT化が進まない本質的な理由はありますか
一村 株式の場合は取引所があります。一方、不動産の場合は取引所がないじゃないですか。そういう価格の透明性を担保する場所があればいいのですが。たとえば、レインズ(国土交通大臣から指定を受けた不動産流通機構が運営しているコンピュータネットワークシステムで、会員不動産会社間で不動産情報の交換ができる)がありますが、「持ち込まれた情報を5~7営業日以内に登録すればいい」などという、緩いルールです。そもそも業者しか利用することができないルールになっているなど、クローズであることが前提であるようなシステムになっていますから、およそ機能しているとはいえません。
「分からないからしない」をなくしたい
――最後に、金融経済メディア「ZUU online」などではどういうところを目指していますか
一村 「分からないから投資をしない」という人を一人でもなくすことが目標の一つですね。さらに、「お金が原因でやりたいことができない」という人を世の中からなくしたい。投資をしなければダメとは言いませんが、「知らない」とか「分からない」という理由で投資をしない、という人をなくしていきたいんです。理解した上でやらないという判断をするのはいいんです。
「今の暮らしを維持できるか分からないから、ベンチャー企業に転職したいけど、今の職場を変えるというチャレンジはできない」という人がいます。大勢います。それなら、事前に投資や貯蓄などして、お金を貯めてればよかったじゃないですか。もっと前からお金の勉強をしておけば、10年後にチャレンジするために貯蓄していたでしょう。そのときになったら誰でも分かるわけですよ。
たとえば、1年間収入がゼロになっても生活に困らない程度の貯蓄があれば、チャレンジの選択肢が増えるはずです。チャレンジはできるわけです。そういう、悔いのない人生を送るために金融知識を身につけましょう、ZUUonlineがそのお手伝いをします、という考えで日々、運営をしています。
(終わり)
(取材・構成 不動産のリアル編集部)
■一村 明博 氏 株式会社ZUU取締役 FinTech推進支援担当
東京都出身。成蹊大学法学部卒業。1993年、大和証券入社。富裕層や中小企業オーナーを主な顧客とする個人営業に従事。その後、2001年に松井証券入社。2004年に同社営業推進部長、2006年には同社取締役に就任。高度かつ専門的な知識が必要とされる金融業界において20年以上にわたり500人以上の部下を育てた人材育成のプロフェッショナル。2015年、ZUUにジョインした。