昔から「新品志向」が強い日本では、住宅においても、新築マンションの人気が高い傾向がこれまで続いてきました。しかし、近年は建築資材や技術も向上したため、中古とはいえ以前よりも良質なストックが増えました。それに伴い、中古マンションの売買件数は右肩上がりに増加し、2016年にはついに、首都圏マンション市場において中古売買件数が新築供給戸数を上回りました。
ヨーロッパやアメリカでは、既に中古物件が不動産売買の主流となっています。住宅流通の転換は、日本の経済が成熟したことを意味するのかもしれません。

(写真はイメージです)
中古売買の問題のひとつは「性能保証」
中古売買が主流になると、新築売買では発生しない問題が生じます。その一つが「住宅の性能保証」です。
新築マンションは、設備も含め全て未使用ですので、販売業者が保証を付帯します。しかし中古マンションは、築年数や使用頻度、使い方などに応じて住宅の状態に大きな差があります。目に見えるキズや設備の不具合なら、それを考慮した売買価格を設定すれば良いですが、床下の配管などは売主本人も状況を把握できず、買主に事前に報告するのは困難です。
ちなみに一般社団法人不動産流通協会が作成している、中古マンションの売買契約書のひな形では、漏水について売主が3カ月の保証を付帯する内容になっており、これが一般的に使用されています。
ホームインスペクションへの潜在需要
売主としては、自分が状況を把握できない部分について保証をするのは不安です。一方で買主としても、今後数十年居住する住宅がどのような状態であるのか、よく知った上で購入したいという気持ちがあるでしょう。
こうした不安を解決するのが「ホームインスペクション(住宅診断)」です。中古売買が主流となっているヨーロッパやアメリカでは、このホームインスペクションを実施してから購入するのが当たり前で、アメリカでは30の州が法を定め、全体の約80%がホームインスペクションを実施しています。
一方、日本ではまだまだ認知が進んでいません。2016年9月に全国宅地建物取引業協会連合会が実施したアンケートでは、「ホームインスペクションを知らない」という回答は70%を超えていました。
ただ、同アンケートの「中古住宅購入時に必要なものは?」との問いに対しては、「履歴情報が整備されていること(65.0%)」「インスペクションが実施されていること(63.1%)」と多数の回答が得られており、住宅購入にあたり、その住宅に関する詳しい情報に対するニーズは高いことがうかがえました。
ホームインスペクションには、購入者側に高い潜在需要があります。売却したいマンションにホームインスペクションを実施しているという事実は、購入者の不安を解消し、購入を前向きにさせる武器にもなり得るのです。
ホームインスペクションにかかる費用
ホームインスペクションの費用は、マンションの広さや形状、診断方法などよって異なりますが、一般的には5万~10万円が相場とされています。
売却前に実施しますので、売主は手元の資金からいったん支払う必要があります。しかし、これによって成約までの期間がもし1カ月早まれば、そのぶん住宅ローンや管理費・修繕積立金などのランニングコストを節約できると考えることもできます。
また、ホームインスペクションによって住宅の「見えない部分」が見えれば、購入者としては「住宅に何かあった時のために」と用意しておく予備費を減らせることになります。これは価格交渉の面で効果があるかもしれません。
売主としても、売却1カ月後に漏水を指摘されて補修を求められるような不測の事態が発生する確率は減りますので安心材料の1つになります。
ホームインスペクションで実際にやること
ホームインスペクションで実際に診断する箇所は、「専有部分(部屋の中)」と「共用部分(外壁など)」に大きく分類されます。
専有部分では主に、傾きやひび割れなど構造上の問題と、給排水管の状態確認を実施します。一昔前、住宅の床にビー玉を置いて転がるかどうかで傾きを調査する方法がテレビでよく紹介されていました。昨今はこのような原始的な方法ではなく、レーザーを用いて水平や垂直の確認を行います。
壁や窓、ドアの周りなどによくあるひび割れについては、コンクリート壁まで至っていれば問題ですが、壁紙のねじれなどすぐに問題であるとは言い切れないものです。給排水管の状態確認は、内視鏡を用いて調査する方法もありますが、一般的には、接続部分の漏水確認や、点検口から配管の状態・漏水のチェックが実施されます。
共用部分では、外壁のひび割れや錆の発生などを確認します。共用部分は依頼者のみが使用する場所ではなく、多くの住民が通行する場所ですので、詳細な調査は難しく、著しいひび割れなどの確認が行われるのが一般的です。
ホームインスペクションにかかる時間は、実施業者や依頼内容にもよりますが、通常2~3時間、長くて半日の作業です。実施後はその場で簡易的な口頭報告を受け、1~2週間で正式な書類を受領する流れです。
また、ホームインスペクションにあたり間取り図など住宅に関する書類の準備を求められることがありますので、不足している書類は、マンションの管理会社などから取り寄せておくようにしましょう。
ホームインスペクションの依頼先
前述の通り、ホームインスペクションは近年まで日本ではあまり知られておらず、諸々の環境整備が追いついていない状況です。その中で、複数の民間資格が存在します。
•公認ホームインスペクター
NPO法人日本ホームインスペクターズ協会が認定する民間資格です。
•ホームインスペクター
一般社団法人住宅管理・ストック推進協会が認定する民間資格です。
•建築士会インスペクター
建築士会が認定する民間資格です。名の通り、建築士であることが前提です。
•既存住宅状況調査技術者
国土交通省で2017年2月に作られた新たな制度です。
「ホームインスペクション」とインターネットで検索すると、多数の業者が見つかります。戸建が得意な業者もあれば、マンションが得意な業者もあります。業務実績などをサイトで確認し、電話対応などから信頼できそうな業者かどうか確認しましょう。売却を依頼する不動産仲介会社などから業者を紹介してもらうのも有効です。
ホームインスペクションで不具合が見つかったら
調査の結果、「良好」というお墨付きをもらえれば良いのですが、「床下の給水管から少量の漏水が見つかった」など、今まで目に見えなかった箇所でさまざまな不具合が見つかる可能性もあります。
これについては、「先に見つかって良かった」と考えるしかありません。もし売却後に見つかれば、急な補修を要請され、想定外の出費が発生する可能性があったのですから。
不具合をご自身で修理をするか、軽度なものであればそれを告知した上で売買契約を締結するか。どちらが良いかは、売買契約を多数経験している不動産仲介会社に相談した方が良いでしょう。
最後に
2016年5月に宅地建物取引業法が改正され、2018年4月からホームインスペクションの実施の有無についての説明が義務化されます。実施が義務化されたわけではありませんが、売買契約におけるチェック項目となったため、その認知度も今後向上していくと予想されます。
一方、購入検討者のほうからホームインスペクションの実施を申し出ることは難しいでしょう。検討中の多数の物件に実施するのは費用的に難しく、また、実施にあたり売主側の予定も調整しなければなりません。
そこで、他の売却物件との差別化を図る意味でも、売主側でホームインスペクションの実施を積極的にご検討されてはいかがでしょうか。ホームインスペクションの実施履歴が購入検討者への「最後の一押し」になるかもしれません。
斉藤勇佑(宅地建物取引士)
大学卒業後、5年間不動産売買業務に従事。その後、不動産管理会社に転職し、分譲マンションの維持・管理を中心とした業務に5年間かかわり、現在は不動産のストック分野の業務に従事。
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