3月上旬にリクルート住まいカンパニーによる「SUUMO住みたい街ランキング2017」が発表され、昨年2位だった吉祥寺が1位に返り咲きました。住みたくさせる大きな要因の1つに「話題性」があります。「吉祥寺」は人気漫画『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』のテレビドラマ化や井の頭公園の開園100周年など話題性が高かった」と同社は分析しています。

(写真はイメージです)
本稿のテーマである、今後の都内の不動産価値を左右する3つのトレンドを考える参考に、同SUUMOのランキング(駅)の、過去5年間の推移をグラフにしました(今回は「都内」がテーマのため、ランキング上位のうち、横浜と武蔵小杉は除いています)。

(リクルート住まいカンパニー「SUUMO住みたい街ランキング」2012-2017年の順位データより筆者作成)
「いつもトップクラスの駅」「順位を上下しながらも上位にランクインする駅」「下位から順位を大きく上げている駅」という3つの流れが見えます。例えば、2012年20位の「東京」と23位の「渋谷」が順位を上げてきていますが、これは再開発による利便性の向上や都心への指向性が高まっているためと思われます。
ちなみに「住みたい行政市区」では、港区・世田谷区・目黒区が過去5年間、常にベスト3を占めています。
筆者は不動産鑑定士としての日々の業務を通して、都内の不動産価値を左右する流れが3つあると感じています。それは、「都市のスポンジ化」「住む場所の選択基準の変化」「不動産に対する価値基準のソフト化」というものです。順に説明したいと思います。
都市のスポンジ化
「都市のスポンジ化」とは、スポンジに小さな孔(あな)が空くように都市のあちこちで空き家や空き地が発生したり、マンションがスラム化したりして、都市密度が低下する現象を指します。これは小さな敷地単位で、時間的・空間的にランダムに、しかもある程度まとまった分量で発生します。2017年2月、国土交通省がこれからの都市問題を検討する委員会を設置した時のキーワードが、この「都市のスポンジ化現象」でした。
人口減少社会において都市の密度が低下することは、ファミレスが24時間営業を止めたり、上下水道などの老朽化による漏水事故が発生したりなど、官民ともにサービスが低下することを意味します。やがて、まちの魅力が失われ、コミュニティの存続が危ぶまれることになります。
まず、空き家の状況を確認してみましょう。
23区内の住宅総数は約460万戸、そのうちの空き家総数は約58万戸。空き家率は12.7%と全国平均13.5%よりやや低い結果です。
空き家のうち、地域の住環境に特に大きな影響を及ぼすのが一戸建てです。「向こう三軒両隣」という言葉があるように、1軒の空き家が、隣接する数軒の家屋の不動産価値に及ぼす影響は無視できないからです。
一戸建て住宅は23区内に約106万戸あり、そのうち戸建ての空き家は約7.5万戸、平均空き家率は7.1%です。各区でみると、戸建ての空き家が最も多いのは大田区の10,410戸(11.4%)、次いで世田谷区の6,650戸(5.4%)、江戸川区の5,820戸(6.2%)。 以下、豊島区・練馬区・足立区・葛飾区が4,000戸台(葛飾区6.6%~練馬区の4.4%)です。最も少ないのは、千代田区の220戸ですが、戸建て総数が1,040戸と小さいので、空き家率は21.2%と高くなります。(かっこの数字は、戸建て総数に対する割合)※
※数値は「平成25年住宅・土地統計調査結果」(総務省統計局)をもとに筆者が算出して作成。(都道府県編13東京都)
次に、マンションですが、マンションの空き家化も見逃せない状況です。23区内には分譲マンションが約4.6万棟。(2013年5月発表の東京都マンション実態調査より)。このうち築36年以上になる旧耐震基準(1981年以前)のマンションが、23区に約1万棟あります。これは5棟に1棟の割合です。
旧耐震基準のマンションは耐震改修が必要ですが、実際に耐震改修工事を実施したマンションは、全体(上記実態調査でのアンケート回答数約2,200)の6%と、1割にも満たない結果となっています。さらに、耐震診断の調査を実施したマンションでも17%にとどまっています。いずれも、「改修費用がない」「診断費用がない」という経済的理由が半数以上を占めています。
このほか、建物は築年数がたつほど修繕工事が必要となりますが、十分な修繕がなされているマンションも、実はあまりありません。大規模修繕工事を実施したマンションは全体の約7割。工事種別で見ると、外壁補修と屋上防水は約8割を超えていますが、給水管修繕は22%、排水管修繕やエレベーター更新は15%と低く、実際にインフラの更新にまで手が回っていないことが分かります。
このように、古いのに耐震工事もしてなければ共用部の適切な修繕も行われないマンションからは、住人は離れていきます。空き家となった上に、管理も放棄されると、不法住人が集まり、スラム化していくことにもなりかねません。
スラム化したマンションは、一戸建ての空き家よりはるかに大きな影響を周囲に及ぼします。
これから、地域間や世代間の交流などコミュニティを活性化させることが、資産価値を維持するためにも求められるのではないでしょうか。
住む場所を決める選択基準の変化
平成26年5月、民間有識者組織の日本創生会議(現在は活動停止中)が「地方消滅可能性都市」というテーマで提言を行い、話題になりました。
23区では唯一、豊島区が消滅の可能性があると指摘され、早々に(同年8月)同区は「豊島区持続発展都市推進本部」を立ち上げ、対策に乗り出しました。それだけ危機感があったということです。
1日に250万人以上が利用する巨大ターミナル「池袋駅」があり、しかも人口密度は全国一。その豊島区がなぜ? と疑問を持たれた方もいるでしょう。この提言は「豊島区といえども、このまま少子高齢化に有効な手を打たなければ自治体として立ち行かなくなる可能性がある」という点で衝撃的な内容でした。
23区は、個人と同じようにサイフ(財源)を持っています。サイフが一番大きいのが世田谷区(1,710億円)、一番小さいのが千代田区(300億円)。財政の余裕度を示す「財政力指数」が1を超える区は、唯一港区(1.2)だけです。次いで、渋谷区(0.92)、千代田区(0.82)と続き、23区平均は0.56です。(総務省決算カード平成26年度より)
このように、23区にも財政的格差があるということは、子育て支援など実施される住民サービスにも違いがあるということです。
これまで多くの人が、住む場所を選ぶ基準としてきたのは、職場へのアクセスのよい駅であり、乗り換えの少ない沿線でした。しかし今後、人口減や高齢化などの影響を受けて区ごとのサービスや財政格差が徐々に表面化していくと、これらに加えて「どの区に住むか」という選択基準がますます重視されてくるのではないでしょうか。
不動産に対する価値基準のソフト化
人々の価値観が、「モノ」を持つことから、製品やサービスによってもたらされる「コト」へと変わっています。商品の広告においても、機能やデザインだけでなく、共感や感動を与えるストーリー性(意味的価値)が、商品を差別化させる重要な要因になっています。
不動産においても同様で、不動産という「モノ」を売るのでなく、「不動産を買えば、こういう生活ができますよ」というライフスタイルを売る広告が多くなっていることからも、それはうかがえます。価値観は主観的なものですが、それに共感する人にとっては大きな魅力となります。武蔵野市という23区でない自治体に人気が集まるのも、「何かがある街」と思わせるものがあるからではないでしょうか。
若い世代の価値観が、今までの「欲望と競争」から「シェア・感謝・リスペクト」へと変化していると言われています。他人との絆や共感、感動を求める傾向が、より強くなってきたと感じます。日本全国から若者が集う東京においてはなおさらでしょう。
不動産においても、求める価値観が量的充足から質的充足へと変わることで、施設(ハコ)の立派さより、中身やソフトウェアが問われてきます。ソフトウェアが不動産の価値を上昇させる時代に入ったと言えるのではないでしょうか。
三浦雅文(みうら まさふみ)米国国際資産評価士・不動産鑑定士
土地家屋調査士・行政書士・宅地建物取引主任士の資格も保有。1954年北海道生まれ。大学卒業後、測量、登記、鑑定、総合不動産会社を経て独立。多分野での経験を活かした不動産のアドバイスとオールラウンドの鑑定評価を業務の中心に活動中。