2022年5月24日、NHK『クローズアップ現代』が「トラブル急増!不正ローンで広がる”借金投資”」というタイトルで、不動産投資とは切っても切れない「ローン」事情について取り上げました。
将来の生活不安を煽り、資産形成をうたって投資の知識に乏しい若者に不動産投資を勧める一部の業者。彼らは顧客の投資をサポートして手数料収入を得るわけで、顧客にはなんとしても不動産投資を始めてもらう必要があります。そのためには金融機関から融資を引き出さねばなりません。
このとき、顧客に虚偽の説明をしたり、顧客に金融機関に虚偽申告をさせたりして、その責任を顧客だけが問われて融資金の一括返済を求められるケースが増えています。REDS不動産のリアル編集部では、番組の内容を振り返るとともに、果たして顧客は騙されただけの被害者といえるのか、考えてみました。
(不動産のリアル編集部)
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知らない間に不正をさせられ人生お先真っ暗
番組には1億円近い借金をして業者に言われるがまま不動産投資の契約してしまったという女性が登場し、一部始終を話していました。
女性は婚活のために利用していたマッチングアプリで、飲食店の経営をしているという20代後半の男性と出会います。何度か食事に行くうち「母子家庭なので、もしものときに母親を支えないといけない。仕事のほかに不動産投資をやっている。よかったら教えようか」と告げられました。そこから友人の不動産投資業者も登場。3人で会ううちにしだいに警戒心が薄れていったそうです。
勧められたマンションは、都内の5,000万円のデザイナーズマンションなど3軒、総額9,000万円でした。2軒目までは、銀行で投資用のローンを組んでいましたが、3軒目を買うために業者が提案してきたのは「フラット35」の借り入れでした。
フラット35とは、国が創設した長期固定金利の住宅ローンのことで、あくまで居住用のマイホームを購入するためのローン。不動産投資に使うことは契約違反になります。
女性はそのことを知らず、契約の時点で男性に若干の不信感も覚えたようですが、言われるがままに虚偽申告をし、5,000万円を借り入れました。業者は女性の住民票をマンションの所在地に移し、居住していると見せかけるなどしていました。
女性が窮地に追い込まれたのはそこから2年後。実際にはマンションに住んでいないことを金融機関に把握されたのです。居住用の物件を買うために融資を受けたのに、購入した物件は投資用だったわけで、完全に契約違反です。女性はフラット35を運営する住宅金融支援機構から5,000万円の一括返済を求められました。
その後、業者とは連絡が取れなくなり、女性は契約違反の責任を一身に負わされました。女性は「恋人も作れないし、結婚もできないかも。ずっと常に不安があります」。不正に手を染めたばっかりに、お先真っ暗になってしまったようです。
別の30代のサラリーマンも、業者を介してフラット35を利用し、4,000万近い投資用マンションを購入しました。後に、住宅ローンの不正利用と知り、売却したいと考えました。しかし相場は購入価格の半分以下。不正をそそのかした業者は多額の利益を上げたのに、男性は物件を売却しても2,000万円以上の借金が残ってしまったのです。
普通のサラリーマンが30代でこれほど多額の無駄な借金を背負ってしまうと、まさにお先真っ暗でしょう。
「レバレッジ」と言い換えても、しょせんは「借金投資」
番組では、このように人々の将来の不安につけ込み、不正に借金をさせて、投資させることを「借金投資」と名付けていました。「借金投資」とはあまり聞き慣れない言葉です。
株やFXなどの投資は、元手となる自己資金に金融機関が融資してくれることはありません。一方、不動産投資の場合、金融機関は購入しようとしている投資物件を担保に取り、ローン返済が滞った際には競売にかけて現金化するため、属性と金融リテラシーがしっかりしていれば、元手となる自己資金(投資物件の購入費用)を融資してくれるわけです。
多少の頭金が必要になりますが、不動産投資の勧誘文句ではこれを「レバレッジ」と言い換えます。要するに頭金100万円で1,000万円の投資物件を購入して運用できたら、レバレッジ10倍となるわけです。投資効率がいいともいえますが、借金に変わりなく、NHKが名付けた「借金投資」とは言い得て妙といえます。
しかも、その借金が不正に調達された資金となれば、それは大問題です。
番組では、業者が声をかけるのは若者など生活に不安がある人たちとしていました。最近では投資セミナーのほか、SNSなどを通して接近し、将来の資産形成を呼びかけ、投資話を持ちかけるようです。前述のように、不動産投資であれば、属性しだいで元手となる資金を金融機関が融資してくれます。
その際、通常の手段では融資が下りないことがあります。そこで業者は、金融機関から不正にローンを引き出す虚偽の申請を指南するわけです。融資に関する知識の乏しい顧客は業者の振り付けのまま動き、不正なローン申請をしてしまうのです。
契約者が悪いのか、業者が悪いのか
サラリーマンなど個人投資家の資産運用サポートをする不動産投資会社はサポートの見返りとして受け取る手数料が収入源。なので金融機関からローンを引き出し、投資家が運用を開始できれば目的の大半は達したといえます。そのために、不正な手を使ってでも融資を引き出そうとするわけですが、ここで肝心なことは、不正融資の責任は融資を受けた投資家が負うケースがほとんどであることです。
実態を探ろうとするNHKに対し、多くの業者が口をつぐむ中、不正を行っていた不動産投資会社で働いていたという元社員が証言します。
元社員たちは、街中で声をかけた若者を事務所に連れ込むと、言葉巧みに不動産投資をするよう勧誘、その際、ローンの規約は偽って説明していたそうです。フラット35のように居住用のローンであっても、「住まなくていい」と言ってみたり、勤務先や年収偽装を指示したり。その不動産投資会社は1年で少なくとも30件の不正を行ったにもかかわらず、訴えられたことは一度もなかったといいます。
『正直不動産』原案者、夏原氏が解説
なぜ業者は責任を問われないのか。長年、詐欺事件を取材し、REDSも制作にかかわったドラマ『正直不動産』の原案を手がけたライターの夏原武さんが解説していました。
「業者は、不正な借金を指示する際、自らの関与を巧妙に隠していると言います。ある意味プロですから、録音されてないかとか、自分は紙に書いて残すことも絶対にしない。残るのは銀行と債務者になってしまった人との契約しかない。いくら業者に指示されたと契約者が言ったとしても、証拠がないわけで。間に入ったやつがいちばんタチが悪いと思っていますね」
その結果、業者の指示で投資をした人が被害者ではなく加害者とみなされてしまう、これが現実というのです。
番組ではフラット35を扱う住宅金融支援機構にも取材。業者の関与がうかがえるのになぜ契約者だけが一括返済を求められるのかについて、担当者は以下のように答えていました。
まず、契約の主体となるのは機構と顧客。不正については契約手続きまでの間に踏みとどまる機会があったはずで、この機会を経てなお業者と口を合わせて申し込んでいるわけだから顧客側にも一定の責任がある、ということでした。そう言われると、反論の余地はないように感じます。
スタジオには消費者のトラブルや心理に詳しい識者を招いて話を聞いていましたが、この点は同じ意見でした。「現行の法律では業者の責任は立証できないので裁判で勝てない」と続けました。そのうえでこの識者は「契約を結ぶ前には、しっかりと理性的に判断すること。消費者を保護するよう法改正は行われる方向だが、現状ではまだ業者が強い」と解説しました。
自分から罠にはまっていく消費者の切ない理由
識者によると、こうした落とし穴に顧客自身が自分から落ちてしまうのにも、ちょっぴり切ない理由があるようです。せっかくマッチングアプリで知り合い、結婚相手になりそうな人が見つかった場合、相手も自分と同じように真剣に考えているのだからと思い込み、どうしても前のめりになってしまってしまう、と。まさか、相手が投資のカモにしようと考えているわけはないと思いたい、という心理なのでしょう。
番組では、こうした消費者トラブルに巻き込まれないための防衛策として、識者が消費者庁とともに作成したチェックリストが紹介されていました。巻き込まれやすい人の特徴として、「お願いされると弱い」「おだてに乗りやすい」「自信たっぷりに言われると納得してしまう」「見かけのいい人だとつい信じてしまう」などが挙がっていました。
やはり、他人を信じやすい人がトラブルに遭う傾向にあるということでしょうか。
折しもその日、クローズアップ現代が放映された2時間半後、ドラマ『正直不動産』が放映されました。テーマは「信じること」。ドラマのクライマックスで主人公の永瀬財地(演:山下智久)に、勤務する不動産会社の社長、登坂寿郎(演:草刈正雄)はこう語ります。
「人を信じるということは、相手にすべてを賭けるということだ。裏切られたとしても、それは賭けた自分の責任でしかない」
投資は自分のお金を元手にお金を増やすために行うわけですが、一方でお金を失うリスクとも常に隣り合わせであり、不動産投資のように借金をしてレバレッジをかける場合、負けたときは元手よりも巨額なお金を返済することになります。
投資はそれくらい高度な買い物。不動産投資会社の説明を信じて投資を始めるならば、失敗したとしてもそれは信じた自分の責任であり、投資会社が虚偽説明をしてローンを組まされた、というのは泣き言でしかない、というのが厳しい現実、これが番組の結論のように感じました。
(不動産のリアル編集部)