不動産仲介業の「4割打者」の秘密
2016年の夏、日本テレビ系列で放送されたドラマ『家売るオンナ』。 北川景子が演じる不動産会社のスーパー営業ウーマン、三軒家万智が「私には売れない家はありません!」と豪語しながら、奇想天外な方法で次々と物件を売りまくる痛快感が受け、「夏枯れ」とされる時期にあって平均視聴率は10%超のヒットとなった。
医師や刑事、編集者などをテーマとした職業ドラマが全盛の昨今だが、不動産業界が取り上げられることはあまりなかった。バブル期に横行した地上げや転売などの悪いイメージを引きずり、正直、ドラマのテーマになりにくかったこともあるだろう。
しかし、彼らが決して客を思うように転がして荒稼ぎする人間たちではなく、努力もすれば葛藤もすることが明らかになった今、改めてこの不動産業界に興味を持った人も増えたはずだ。
三軒家万智のすごさの一つは、ホワイトボードに棒グラフで示された売り上げの数字だ。グラフはボードからはみ出し、紙に描いて貼り足すほど。ちょっと極端な誇張表現だろうが、こんな営業マンは現実に存在するのだろうか。こたえはYES。
そんな「家売るオトコ」たちの秘密に迫ってみたい。
4割打者のスーパー営業マン! でも、秘訣は「自分でもわからない」?
大多数の国民にとって、「家を買う」というのは、一生に一度の大きな買い物。「家を買いたい」という気持ち以上に「不安がいっぱい」という人がほとんどだろう。なので、どんなにいい物件を見せられても、即断即決というわけにはいかない。あれも見て、これを見て、また家族会議を開いてまた考えて、年収とローンとのバランスを計り、人生設計を再考する。
こんな長い長い葛藤や逡巡の末、ようやく決断して手に入れる人もいるが、「やっぱりやーめた」という人もいる。いや、「人もいる」、では現状を語るには生ぬるいかもしれない。
ふつうの不動産仲介の営業マンにとって、1組の客に対して、家はひと月に1軒でも売れたら御の字という。それくらい、ちゃぶ台をひっくり返す人は多く、営業マンはむなしく空振りをし続けているのだ。 そんな不動産仲介の営業マンにあって、あのイチローでさえもたどり着けない「4割打者」の栄冠に輝くのが、川口吉彦(かわぐち・よしひこ)さんだ。
(不動産流通システム エージェント 川口吉彦)
営業マンらしく日焼けした肌のツヤ、年齢を感じさせない声のハリ。東京マラソンには3回出場経験を持ち、登山りが趣味で体を動かすことが大好きというアスリート体型からは、サラリーマンというより俳優のような印象を受け、確かに「やり手」の風格が漂っている。
川口さんが受ける見込み客からの新規の問い合わせの件数はひと月に15件前後。営業日が22日だとすると、3日に2件は受けている計算だ。このうち成約につながるのは5、6件だという。繰り返すが、普通の営業マンは月に1件だ。まさに、リアル・三軒家万智ではないか。 「優秀な営業マンなら、年に1、2回くらいはこういう数字を出す月がある。川口がすごいのは、年間を通じてこの数字をキープしていることです」。
上司の取締役兼営業部長もこう舌を巻く。部長は会議などでよく「なんでそんなに結果が出るの?」と尋ねるらしい。本人にまず、そう水を向けてみた。しかし、意外にも見せた表情は自信あふれたものではなかった。むしろ、質問には当惑していたようだった。
「部長にもよく聞かれるんですが、実は自分でもよく分かってなくて、うまく答えられないんです。ただ、営業担当として気をつけるべきだと思うことを気をつけているだけです」。
ビジネスマンは最初からスーパーマンではなく、それぞれの壁を打ち破ったとき、一皮むけて仕事が好転し始めるというパターンが多いだろう。川口さんにとってそういうエピソードは?
「特に…ないんですが。失敗をして叱られることで学び、『同じ失敗はしない』という人は多いと思いますが、私の場合はそもそも叱られるのが嫌い(笑)。お客様にも上司にも叱られないためにどうすればいいかを考えたら、契約を上げることだと気づきました。気に入った家が買えれば買主様は嬉しい。売却が決まれば売主様は嬉しい。契約が上がれば私も楽しい。その相乗効果ですかね…。よく分からないですけど」
営業マンは身なりが重要だが、勝負服は?
「身ぎれいにしようとはしてますけど…」
テクニック的なものはない?
「みなさん、そう聞いてこられるのですが…」
どうやら、彼は「当たり前のことを当たり前にやっているだけ」なのかもしれない。ではその当たり前とはなんなのか。不動産仲介の営業マンの仕事について、頭から語ってもらった。
ニコニコ、ファーストコンタクト。お子さんにも名刺を差し上げます。
「不動産は高額ですので、売るにしても買うにしても、不安になります。不安だらけです。その不安を一つひとつ消していき、安心して物件をご購入(ご売却)いただくことが私たちの仕事です。」
不動産仲介営業マンの仕事のエッセンスは実にシンプルだ。客をいかに安心させ、気持ちよく決断してもらうか。それに尽きるといえる。
「そのためにも、特にファースト・コンタクトは大事にしています。たとえばお子さん連れの若いご夫婦のお客様だと、お子様にも名刺をお渡しするなどしています。そして四六時中ニコニコしています。お客様が私という存在自体に不安をいだくことがないようにしないといけないと思っています」
かつてバブル期に華やいでいた不動産業界は、強い引力で川口さんを引き寄せた。しかし、扱っている商品は非常に高額で、若者には恐怖心すら覚えるものだった。
「今では怖いなんて気持ちはないですが、私のかつての気持ちは、最初に不動産会社を訪ねてくるお客様の気持ちと同じですよ。不安だらけのお客様を、自分の言葉や笑顔で解きほぐし、最後には買っていただく。そのときの笑顔ってとってもいいんですよね。お客様の家を買うことへの不安を取り除くことは、私の使命であると同時に、喜びでもあるんです」
その一念はコミュニケーションにも表れる。初対面が「ファースト・コンタクト」だとすると、「ゼロ・コンタクト」「セカンド・コンタクト」もある。つまり、客からの仲介依頼の問い合わせや、案内後のフォローのことだが、これらは電話ではなく、メールで行うことが多い。
「ここであえて丁寧な言葉を多用しています。『なにとぞお願いいたします』『ぜひ私にご案内させていただければ幸いです』『幸甚に存じます』など、普通の会話よりも2割増しくらいで入れるんです。お客様が、ご自身の一生を左右する様な高額な不動産探しを、私にご依頼いただいたと考えると、自然と丁寧な文章になってしまうんです」
ただ、客を持ち上げるだけでは営業マンは務まらない。
「お客様が物件を買う力があるのかも的確に把握させてもらわないといけません。年収、勤務先、カードローンの有無…。こういう聞きにくいことをうかがう必要があります。根掘り葉掘り聞くのではなく、聞くタイミングを考えたり、嫌な思いをさせたりしないように、相手によって聞き方を変えながら、とにかく不快にさせないようにお聞きするんです」
相手がしてほしいと思うことをして、嫌がることをやらない。良好な人間関係を築くうえで当たり前のことだが、高いレベルの気遣いが求められるのだろう。
客の質問=不安。瞬時に解消し、信頼を得る
ただ、この程度のことなら、特別なことではないかもしれない。では、何が違うのか。ドラマで三軒家万智がよくやっていたように、時には客の耳に痛いことも含めて、熱い語りで客の心情に訴えるのだろうか。
「いえ、それは私はやりません。お客様は少しでも『嫌だ』と思ったら買わないし、説得して変わるほど甘くはないですから」とにべもない。 それよりも絶対に外さないことがあるという。
「お客様から質問があるということは、お客様が不安を抱いているとも言えます。ただその不安が、お客様が思うほど大きなものではないことが多い。『こうしたら乗り越えられますよ』『こんなに簡単なことですよ』『不動産は怖いものではないですよ』という回答をします。ポイントは、それを素早くやること。お客様の不安は一瞬で消してあげたい。そのために、私は午前5時にメールの返信をします。こうすると、お客様はびっくりされますが、できるだけ早くお客様の不安を解消してあげたいと思い心がけています。これは、私が22時には寝る朝型人間だからでもありますが(笑)」
早いだけではもちろんダメだ。客への説明は当然、内容にもこだわっている。情報化が進んだ現代、ネットを通じて客が入手している情報はレベルが高くなっているし、説明の食い違いや「言った言わない」はトラブルの火種になりかねない。
ドラマでも三軒家万智が殺人事件が起きたため破格で販売しているいわゆる「事故物件」を内覧しにきた見込み客に、事件の様子を事細かに説明し、客が退散する場面が描かれていた。 川口さんは言う。
「事故物件に限らず、すべての物件に長所と短所がある。一般には短所であることも、お客様には長所かもしれない。すべてをありのままに、嘘偽りなく説明して、プロの立場から自分なりのコメントを申し上げます。お客様が買う意思を示している物件でも、『これは高いですよ』と助言します。それでも『欲しい』といわれたら、私なりに最後まで値下げの価格交渉をします。私を信頼してくれているお客様に対して最大限の努力をします。結果、お客様と信頼関係ができるのかもしれません。信頼関係があれば、トラブルそのものが起きず、対応に取られる時間も生じません」
こういう心がけの一つ一つが、無駄な時間を減らし、彼が仕事をする時間を生む。そうすると、自分に舞い込む案件が増えていく。忙しさすら楽しんで仕事に打ち込み、好循環を回し続けている。
全営業マンが聞きたい! 客の背中を押す最高の言葉とは
不動産にかかわった30年を振り返り、 「結局、マジメが一番ですよ。この業界で私が生きてこれたのは、お客様に対してマジメだったからだと思っています」と川口さん。
さらに、こうも言う。
「うちの会社はマジメな集団。また、システムがいいから、こんな結果が出せるんだと思います。私たちはピンポイントで『この物件がほしい』とこられるお客様の背中を押すだけですから、そう難しいことではないのですよ」
(不動産流通システム エージェント 川口吉彦)
その背中の押し方こそ、すべての後進の営業マンが聞きたいことのはずなので、最後に尋ねてみた。
「私が自信を持っておすすめする物件でしたら、『買って損をすることはないと思います』と言います。バブル期には儲けたという話より、損をしたという話にみなさん敏感。誰だってハズレの物件はつかみたくない。だから、『損はしない』っていう言い方は安心していただけるのかもしれません。お客様は最後の段階では、買う決心はほぼついています。もう一声、ダメ押しの言葉がほしいんです。なので、そういう言い方になります」
同社の営業マンはここ最近、一人当たりの契約件数は年間40件を超えているという。 これは決してノルマを課されているためでもなく、営業マン同士で競争を強いられているのでもないそうだ。
“4割打者”の営業マンを生み出す秘密は、REDSという会社のビジネスモデルにありそうだ。次回、もう一人の営業マンを紹介しつつ、同社の秘密に迫っていく。
飛鳥一咲(あすか・いっさく)
昭和53年生まれ。大学卒業後、全国紙記者として関西の支局や東京本社社会部などで取材記者を経験。 退社後、フリーライターとして幅広く取材し、ウェブを中心に執筆している。