不動産会社に住宅の購入や売却を依頼すると、その報酬として「仲介手数料」を支払うことになります。仲介手数料は、宅地建物取引業法(宅建業法)という法律で上限額が定められていて、例えば売買金額が400万円以上の場合、「売買金額×3%+6万円(消費税額別)」で上限額が算出されます。
仲介手数料は、売買仲介を主な事業とする不動産会社にとって最大の収益源であると同時に、依頼者にとっては、決して軽視できない大きな出費です。そこで最近では、依頼者へのアピールポイントとして「仲介手数料半額」や「手数料無料」を掲げる不動産会社も増えています。
しかし、ほとんどの不動産会社では、仲介手数料を法的上限まで請求しているのが実態です。なぜ「仲介手数料の割引」という依頼者のメリットとなる特典が、業界では少数派で普及しないのでしょうか?仲介手数料に対する人々の意識や、不動産会社の仲介手数料の実態を見ながら、仲介手数料割引の今後について考察します。
(写真はイメージです)
一般の消費者は、不動産会社の仲介手数料のことなど知らない!
株式会社不動産流通システム(本社:千代田区、代表:深谷十三)では、不動産会社の仲介手数料などに対する、都内消費者の認知度や意識調査を実施し、2017年9月に公表しました。
不動産取引での「囲い込み」「両手仲介」「仲介手数料」に関するアンケート調査結果
調査の概要は以下の通りです。
調査対象:東京都内持ち家在住の35歳~59歳の男女(各250名)計500名
調査期間:2017年8月1日~8月28日
調査方法:第三者によるインターネット調査
調査対象の中には、最近家を購入したことがある方もある程度は含まれているでしょうが、その比率は公開されていません。潜在的な売却あるいは買い換え層と位置付けるべきでしょう。
まず「不動産売買の仲介手数料の上限額が法律で定められていることを知っていますか」という設問に対して、「知っている」と答えた方は、男性で10.4%、女性で6.0%しかいませんでした。不動産会社の仲介手数料について、一般の方はほとんど知らない、というのが現実のようです。
実際に不動産を購入あるいは売却するという経験がない限り、不動産会社の仲介手数料のことなど興味を持たずに生活するのが普通なのかもしれませんね。
「売買価格が400万円を超える不動産売買の仲介手数料がいくらになるか知っていますか」という設問も、「売買価格の3%+6万円以下ならいくらでも良い」という正しい理解をしている人は、男性12.4%、女性7.2%しかいませんでした。男性で74%、女性で84%の人は「全く知らない」と答えています。
仲介手数料について宅建業法で定めているのは、あくまで上限額であって、その中で半額や無料にするのは自由なのですが、そもそも、仲介手数料にこうした定めがあることすら知らないのが普通ということでしょう。
「両手仲介」「囲い込み」についても知らない人がほとんどです
仲介手数料のことすら知られていないのですから、不動産業界のビジネススタイルである「両手仲介」やその弊害である「囲い込み」についても認知度は容易に想像できるでしょう。実際、今回の調査では「両手仲介」を知っていると答えた人は、男性5.2%・女性3.6%、「囲い込み」は男性3.2%・女性2.0%と、共に認知度は1割にも届きません。
しかし、「両手仲介」や「囲い込み」は、不動産会社の仲介手数料に関する姿勢を表すものであり、今後の仲介手数料の動向を考える意味では重要な要因でありますので、もう少し詳しく見てゆきたいと思います。
一般的に、不動産会社は売主か買主の一方から依頼を受けて契約先を探しますが、「両手仲介」とは、不動産会社が売主と買主の双方から依頼を受け、双方から仲介手数料をもらう形態をいいます。もしあなたが売買を計画されているなら、こうした言葉は理解していた方が良いでしょう。
他の不動産会社からの紹介を受けて契約先を見つけた場合、双方の不動産会社は、それぞれの依頼者からのみ仲介手数料をもらいます。これが「片手仲介」です。両手仲介は、片手仲介の2倍の手数料がもらえるのですから、多くの不動産会社は「両手取引」を目標としています。
今年5月30日付の住宅新報によると、大手不動産会社の仲介手数料の料率実績は、28社平均で4.62%となっています。片手仲介の上限額が3%+6万円ですから、大手不動産会社では、仲介手数料を上限額としている取引が多いこと、両手仲介が取引全体の半分以上にもなっていることが推察できます。
仲介手数料の料率 |
グループ名 |
仲介手数料収入 |
取扱高 |
取扱件数 |
平均 料率 |
順位 |
総額 (百万円) |
構成比 |
/1件 |
総額 (百万円) |
構成比 |
/1件 |
総数 |
構成比 |
4.91% |
② |
財閥系 |
157,055 |
40.1% |
1.92 |
3,197,222 |
37.6% |
39.12 |
81,728 |
40.1% |
4.13% |
⑤ |
金融系 |
80,775 |
20.6% |
3.18 |
1,958,090 |
23.1% |
76.97 |
25,439 |
12.5% |
4.41% |
④ |
インデペ系 |
72,803 |
18.6% |
1.42 |
1,650,957 |
19.4% |
32.09 |
51,446 |
25.3% |
4.71% |
③ |
電鉄系 |
62,156 |
15.9% |
2.05 |
1,320,554 |
15.5% |
43.52 |
30,342 |
14.9% |
5.24% |
① |
新興系 |
19,242 |
4.9% |
1.31 |
367,028 |
4.3% |
25.06 |
14,648 |
7.2% |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
4.62% |
|
|
392,031 |
100.0% |
1.93 |
8,493,851 |
100.0% |
41.72 |
203,603 |
100.0% |
※平成29年5月30日の住宅新報社新聞記事「主要不動産流通各社の2016年度(2017年3月期)の売買仲介実績」の開示数値より試算
また「囲い込み」とは、不動産会社が「両手仲介」を達成するための手法として、売買物件の情報を広く他社に伝えず、自社内に留めることをいいます。
具体的には、以下のような手口を取ります。
•レインズ(宅地建物取引業者専用の不動産情報システム)に情報を登録しない
•「HOME’S(ホームズ)」「athome(アットホーム)」など一般的な不動産情報検索サイトに広告を掲載しない
•自社会員専用のホームページなどだけで広告する
•他社の取り扱いを禁止する
•他社からの問い合わせに答えない
•他社からの問い合わせに「もう売れた」と答える
また利用者側も、売却理由によってはプライバシー保護の観点から売却を公にしたくない場合もあります、「未公開物件にこそ良い物件がある」といった風潮もあり、「囲い込み」が行われる土壌はなくなることがないのが現状です。
「囲い込み」があっても、売買が無事に終われば別に構わないのでは、と思われる方もいるかもしれません。しかし、より多くの潜在契約先に告知がされなければ、速やかな取引が阻害されるだけではなく、希望の価格で取引する機会を逸してしまうことも多くなってしまいます。
さらには、「囲い込み」をしてわざと営業活動をせず何ヶ月もその物件を「干し」て、“売れないから価格を下げましょう”などと「値こなし」をします。そして懇意の買取業者に安く売り渡し、さらに買取業者からの販売も請け負う、という悪質な手口に利用される場合もあります。
「囲い込み」は依頼者にとっても、健全な不動産市場のためにも、許される行為ではないのです。
大手不動産会社ほど、その強みを発揮し維持するための、広告宣伝費や一等地での店舗費用、独自のネットワーク構築・維持費用や人件費・一般管理費がかさみます。こうしたコストを回収するには「片手仲介」では足りず、法定上限額での「両手仲介」に乗り出すわけです。
大手不動産会社が「仲介手数料半額・無料」のサービスに踏み込むには、こうした高コスト体質を改善しなければなりませんが、そのハードルは高いと言わざるを得ません。
「仲介手数料半額・無料」サービスが広がらない理由
前述のアンケート結果によると、「不動産売買の仲介手数料が半額や無料になる会社を知っていますか」という設問には、「全く知らない」と答えた人が男性78.4%・女性83.2%でした。仲介手数料について詳しく知らない方が、その割引について興味を持てないのも無理はありません。
仲介手数料の割引を行う不動産会社は、まずは仲介手数料の仕組みや、その割引が可能であることから周知する必要がありそうです。仲介手数料は不動産売買の経費の中でも特に大きな金額となるということが広く知られて初めて、その割引が、効果的なセールスポイントと認知されるのではないかと思います。
これについては注目すべきアンケート結果があります。不動産会社を選ぶポイント(複数回答可)については、男性42.4%・女性46.9%が「仲介手数料が安い会社」を選択しています。これは他の「知名度があり規模の大きい会社」「担当者の対応が良い会社」などの選択肢よりも高いポイントです。
これを見る限り、仲介手数料の安さは、消費者へのアピールとなることは明らかと思われます。それなのに、「不動産売買の仲介手数料を半額や無料にする会社の利用意向」を問う設問には、男性47.6%・女性52.8%が「利用は検討しない」と答えているのです。私には、この結果はなかなかの衝撃でした。
もちろん、調査対象者が現実には売買を計画していないという点が調査結果に反映している、という仮説は成り立ちます。実際に仲介手数料を支払わねばならない状況に立てば、その割引がもっと魅力的なものと感じられるかもしれません。
とはいえ一般の方は、やはり「安かろう、悪かろう」「仲介手数料を割引するというのはどうも信用できない」「必要なサービスやコストを削減しているのでは」などという悪いイメージが付きまとっている、と考えるのが妥当でしょう。
不動産業界の印象が決して良いものではない、というのも一因かもしれません。バブル時代の悪質な地上げのイメージは根強いものがありますし、業界への何かしらダークなイメージは常につきまとっています。
そんな中、不動産という高額な財産の取引を依頼するのに経費を惜しんで低レベルのサービスを懸念するよりは、適正な報酬を払って信頼できる不動産取引のプロに依頼をしたい、というニーズがあるのかもしれません。
ほとんどの大手不動産会社が上限いっぱいの仲介手数料を請求しているのに対して、割引を実施しているのが新興の不動産会社に限られることも、不信感を育む要因となっているのではないでしょうか。
売買の仲介手数料の割引がもっと拡がるために
不動産売買の「仲介手数料割引」を広く浸透させるためには、大前提として、不動産会社は仲介手数料の「上限額請求」や「両手仲介」に頼らない収益構造を確立しなければなりません。そのためには、コスト増要因である、広告宣伝費や店舗コスト、人件費などを削減する必要があるでしょう。
インターネット上の店舗を中心として、査定や物件情報についてはAI(人工知能)を駆使し、効率的に物件を選別・紹介する「不動産テック」を上手に活用できれば、そうしたコスト削減も可能となるかもしれません。
また、こうしたサービスを浸透させるためには、今回取り上げたような以下の環境を十分認知している必要があります。
•大手不動産会社は今のところ「上限額請求」を改める傾向はないため、流通の主流にはなりえない
•消費者のほとんどは、仲介手数料の仕組みすら知らない
•仲介手数料の安さだけでは、消費者は不動産会社を選ばない
•「安かろう、悪かろう」のイメージを持たれる可能性もある
そうした環境を理解した上で、消費者側へのアプローチとしては、下記の取り組みをこれまで以上に進める必要があります。
- 不動産売買の仲介手数料の仕組みを広く周知する。特に宅建業法の仲介手数料の定めはあくまで上限額であり、手数料額は協議事項であることを広く周知する
- 値引きの仕組みや財源を、利用者が納得できる形で説明する
- 大手不動産会社と比較しても、サービスが劣化しないこと、他のコストがかからないことを強調する
単にサービスの一環として仲介手数料を値引きするのではなく、不動産のプロとしてしっかりとした業務提供した上で堂々と割引の意義を主張することこそが、消費者の信頼を得るためには必要でしょう。
早坂龍太(宅地建物取引士)
龍翔プランニング 代表取締役。1964年生まれ。1987年北海道大学法学部卒業。石油元売り会社勤務を経て、2015年から北海道で不動産の賃貸管理、売買・賃貸仲介、プランニング・コンサルティングを行う。