「ワケあり不動産を格安で購入し、貧乏でも幸せに暮らしちゃおう!」
そんな趣旨の企画で注目を集めている、日本テレビ系列のTV番組「幸せ!ボンビーガール」。
9月12日(火)の放送は「秋のワケあり物件SP」と題しての2時間スペシャルでした。
タレント・森泉さんの古家リフォームはどうなったのか? 格安物件の新たな利用提案はあるのか?そんな興味を持って、現役の不動産業者である私も視聴。今回も、不動産取引の参考になる様々な情報の提供がありました。この特番から、宅地建物取引士で30年以上にわたって不動産業に従事する筆者がどう感じたのか、お伝えいたしましょう。
(写真はイメージです)
番組の概要
今回の放映は、全体としては「格安で借りられる、都内のワケあり賃貸物件」の紹介に終始し、売買物件に対してのアプローチはありませんでした。
番組では、歌手の青山テルマさんが登場。アーティストとして成功するまでの軌跡とともに、奈良のご実家からアメリカ・ロサンゼルス、そして東京と、居住してきた住居が紹介されました。
青山さんが「ここにいるよ」の大ヒットで念願のタワーマンションを手に入れたという話から、番組では、愛知県から上京した女優志望の女の子が、新宿周辺で賃貸物件を探すドキュメントへと続きました。
「果たして彼女は、青山さんのように、東京で成功を収めることができるのか?」という興味も尽きませんが、不動産業者として注目したのは、彼女の物件探しを通じて、不動産取引の現場が詳細に紹介されたことでした。
賃貸であっても、物件の紹介、案内(内覧)、そして申し込みから契約へと進む手順は、不動産売買と変わりません。結果として彼女は申し込みに至ったわけですが、そこまでの流れの中に、不動産会社が日常的に用いる営業手法を垣間見ることができたのです。
不動産業者がどのように物件を顧客に紹介し、契約へと持ち込んでいくのかを知っておくと、不動産を買う時だけでなく、売却する際にも役立ちます。今回はこの視点から、「幸せ!ボンビーガール」の番組内容を解説していこうと思います。
垣間見えた、不動産業者の3件目が「本命」という見せ方
女優を目指して上京した女の子は、新宿駅に降り立つと、とある大手の賃貸仲介専門会社に立ち寄ります。そして希望の物件条件を担当者に告げるのですが、それは、首都圏に在住する人ならば「あり得ない」とすぐに結論付けてしまうようなものでした。
【当初の希望条件】
•オートロック付きのマンション
•広さは10帖~12帖
•新宿駅周辺
•風呂付き
もちろん全ての条件を満たす物件は多数ありますが、たとえ築年数が古くても賃料が10万円を下ることはないでしょう。ところが彼女の予算は4万円。まず不可能です。
そこで不動産会社の担当者は、彼女に現実を認識してもらおうと、「予算内に収まるのはこんな物件です」と、風呂なし・6帖前後しかない物件を紹介します。さらに現地を確かめるために物件の案内へ。1件目のアパートに立ち入った彼女の顔は落胆の表情です。希望条件をほとんど満たさないのですから当然でしょう。
しかし担当者は涼しい顔で、彼女を次の物件へと誘導します。内見する物件は徐々にグレードアップしていき、最後の物件は、「新宿駅周辺」という条件を除けば、ほぼ納得のいくものだったのです。
番組では、この業者が進めた一連の流れを、「相場を知らないのは、地方からの上京者にはありがちな傾向。現実の認識からスタートさせるのはよくあること」と、業者側のサービスのようなニュアンスで伝えていました。スタジオの出演者も同意見で、「不動産屋さんって頼りになる」という声もあったくらいです。
しかしこれは、顧客に申し込みを決断させるための、初歩的な営業手法に過ぎません。条件の悪い物件から見始めて、だんだんと良い物件になっていけば、後から見た物件が現物以上に引き立ち、「この物件こそ、お勧めですよ」の一押しが効きやすくなる、というワケです。不動産会社が賃貸物件を案内する際の3件目に「本命」を見せる、という手法です。
実際、女優志望の彼女はわずか2日間、6件の物件探しで東京での住まいを決めてしまいました。しかも案内された物件は、ほとんどが礼金・敷金ゼロ物件です。「礼金なし」ということは、担当した業者が、おそらく直接大家さんから入居者集めの依頼を受けた物件でしょうから、業者にしてみれば、「手持ちの物件」で労を要せず、描いたストーリー通りに事は進んだ、といえるでしょう。
「本命物件」の契約を急がず、冷静に評価・判断する余裕を
こうした手法は、今回のようなケースに限らず、売買物件の案内の際にも用いられます。
例えば、同一マンション内に複数件の売出物件があれば、価格や内装状況から「本命」物件を定め、その対抗物件として程度の劣る物件を用意し、悪い方から順に見せることによって「本命」を際立たせようとするのです。
なお、私はこのような手法をとる業者が姑息だとか、無理に契約に持ち込もうとする悪質な業者だと批判しているわけではありません。物件は比較しないと、相場の認識はできませんし、どの物件が自分に合っているかの見極めも難しくなります。むしろ必然の営業手法とさえ考えています。
では、なぜこうした営業手法をお伝えしているかと言えば、業者の営業スタイルを知っておけば、不本意な物件を掴まされることはなくなるだろう、と考えられるからです。
不動産を購入してしばらく経った後、「なんで、こんな物件を買ってしまったのだろう」と後悔するケースは少なくありません。そしてその多くが、数件の案内の後に見せられた「(業者にとっての)本命物件」に、購入者が舞い上がってしまった結果なのです。
冷静に考えれば「ここがダメ」「あそこは条件と違う」と簡単に認識できることでも、条件の悪い物件に続けて良さげな物件を見せられ、しかも「この物件しかない」と勧められれば、それがベストなのかもしれないと考えてしまうのも無理はありません。
それでも、「自分は、酷い物件との比較で本命物件を見せられている」と自覚できていれば、その場ですぐに申し込んだりはしないのではないでしょうか。内覧の後、帰宅して本命物件の良かった点と悪かった点を整理し、ポータルサイトで相場を確認するなど、その物件を冷静に評価・判断しようとするでしょう。
最終的に購入するか否かは、その後の結論とするのが良いでしょう。自分の希望条件を確認し、譲れない条件を満足していると確認できて、初めてゴーサインです。「本命だから良い物件に見えた」だけではない、と思えたならば、改めて業者に出向いて購入申込書に判を押せば良いのです。
「引き立て役」にされないように注意!
ここまで、買主の立場から不動産業者の手法を見てきましたが、次は売主の立場で考えてみましょう。
売主にとっては、自分の売却物件が「本命」の引き立て役にされては、たまったものではありません(ここまで読まれて、ご立腹の売主さんもおられるでしょう)。しかし番組内の賃貸物件もそうでしたが、現実には多くの物件が本命の比較物件にされ、成約に結び付かない案内をされています。
当然ですが、不動産業者は「今日の案内は、別に用意した本命物件を際立たせるための比較です」と言うはずもなく、売主が自分で判断するしかありません。内覧は多いが契約が決まらない、媒介を依頼した業者以外による案内が多いという場合は、「引き立て役」となっている可能性を考えた方が良いでしょう(例外もあります)。
こうした物件は、なかなか成約には至りません。「あの物件よりも安くて、こんなに綺麗なのですから、この物件が一番のお勧めですよ~」といったセールストークで「あの物件」扱いされている物件が、売れる方が不思議だと思いませんか?
「引き立て役」にされるということは、「相場からかけ離れた高値物件」だと市場に認識された証明ともいえます。そのような状況を察知されたら、すぐに業者に連絡を取って、売却条件の変更を協議すべきでしょう。
そのまま売れずに長期在庫となってしまっては、売主に利点は何一つありません。価格を見直すなどして、本命物件として販売活動をリスタートすべきだといえます。
幸せ!ボンビーガール「秋のワケあり物件SP」まとめ
今回の2時間スペシャルは、ほとんどが賃貸物件を取り扱った内容で、森泉さんの建物リフォームにも進展はありませんでしたが、売買取引の大切なポイントを改めて考える、きっかけを提供してくれました。
購入においては、全ての条件を満足する物件というのは、まず存在しません。あったとしても、普通は価格的に手が届かず、いくつかの条件を諦める決断を迫られます。「引き立て役」に踊らされず、後悔のないよう条件を整理しましょう。そして購入か否かの最終判断は、業者主導ではなく、購入者自身が決めるべきなのです。
逆に売却においては、自分の物件が「引き立て役」になっていないかが問題です。業者のアドバイスや、内覧時の購入希望者の反応をよく観察して、物件が市場でどのような状況に置かれているのかを認識するよう努めましょう。
そして売却不調の原因がそこにあると実感できれば、価格を含めた条件変更を決断するのは売主自身です。相場に即した適正価格で売却するには、購入希望者の目を引く「本命物件」となるのが一番なのですから。
伊東 博史(宅地建物取引士)
大手不動産仲介会社で売買仲介に約10年間の勤務。のべ30年間以上にわたり、大手と中小、賃貸と売買と、多角的に不動産業務に携わる。現職では売買と賃貸仲介と管理、不動産投資や相続のアドバイスを行う。