さまざまな社会問題に斬り込むNHKの人気番組『クローズアップ現代+』が2021年10月6日、いわゆる「事故物件」について取り上げました。事故物件はコロナ禍によって増えているといいます。なぜ増えているのか、その真相を探るため、実際の事故物件や専門の不動産業者、さらには有名サイト「大島てる」を運営する大島氏にも直撃取材を敢行し、徹底調査していました。
自殺や殺人事件が起きたり、孤独死が放置されたりした物件は特殊清掃に多額の費用がかかる上、物件の価値も大きく下がります。こうしたリスクから一人暮らしの高齢者が賃貸の申し込みを断られることが多いのはよく知られた現実です。日本人の死に対する考え方が変わらない限り永遠に続く問題であり、今は若い人たちもいずれはわがごととして直面する問題です。番組内容を振り返るとともに、どのように向き合っていけばいいのか、解決方法はないのか考えてみました。
(不動産のリアル編集部)
(写真はイメージです)
事故物件と無関係な人はいない
番組は保里小百合アナウンサーが「自分が住んでいる家が『事故物件』だと言われたら、あなたはどう感じるでしょうか?」との問いかけから始まります。テロップには「#事故物件の真相に迫る あなたの家は大丈夫?」。いかにも「家を買ったり借りたりするときに、不動産会社に告知されることなく、そのまま住んでしまった」という、不動産業界の闇の話か?という印象でした。
しかし、番組では「事故物件を嫌う人が7割を超えている中、コロナ禍で自殺が増えているだけでなく、さらに高齢化社会で事故物件は増えていく。誰しも無関係ではない」という問題意識が強調されます。
人は生まれたら必ず死ぬわけですから、たしかに事故物件は誰にでも無関係ではない深刻な社会問題です。にもかかわらず、「事故物件」という言葉はどこかオカルトチックだったり、忌避すべきものだったりというイメージで語られることが多いのではないでしょうか。
2020年には『事故物件 怖い間取り』というテレビ出演のために事故物件に住むことになったお笑い芸人の恐怖体験を描いたホラー映画がヒット。YouTubeでは「事故物件」で検索すると山のように動画が登場します。また、以前この「不動産のリアル」でも紹介していた不動産業界のドラマ「家売るオンナ」でも、事故物件をいかに売るか、というエピソードがありました。
事故物件は、多くの人にとって「怖いもの見たさで興味はあるけど、自分は絶対にかかわりたくない」という対象なのでしょう。番組でもそのように話す若者の声が紹介されていました。
そのようなイメージの事故物件でも供給がある以上、必ず需要はあります。番組では事故物件を専門で取り扱う不動産会社が紹介されていました。コロナ下で問い合わせが倍増し、月に100件ほど寄せられることもあるといいます。売却依頼をほかの不動産会社で受け付けてもらえなかったオーナーが客の大半で、駆け込み寺のようにやってくるということでした。
「孤独な社会」のツケを払う遺族とオーナー、そして高齢者
全国の孤独死の死者数は推計2万6821人、自死者数は2万1081人。離婚や生涯独身の人の増加で一人暮らしの高齢者はこの20年で2.4倍以上増えて737万人、高齢者全体の2割にあたるそうです。
番組では、高齢者が孤独死した一軒家を買い取った不動産業者が「現代は核家族どころか、きょうだいの関係も疎遠で、人とのつながりを自ら切っていく人が多い。特別なことではなく、今のみなさんの生活の延長線上にある『縮図』」と語っていました。
ただ、そうした孤独な社会のツケを払うのは遺族であり、物件のオーナーであり、高齢者です。
番組で取材していた遺族は、ここ数年は家族とも疎遠だった兄の事故物件の処理について「薄情と言われるかもしれないが、正直、面倒くさかった。悲しいと思うより大変だなと思った」と疲れ切った心情を吐露します。特殊清掃に約60万円かかり、不動産会社の買い取り価格も微々たるものだったそうで、損失しかなかったという感じでした。
一方、賃貸マンションが事故物件となった場合、オーナーもダメージを負います。事故物件化による価値の下落は孤独死が1割減、自死が3割減、殺人が5割減となるのが相場。事故物件を所有するオーナーは特殊清掃費に150万円かかったといい「高齢者は孤独死や事故があるからお断りしている。部屋で死んでほしくなかった」と語っていました。
遺族やオーナーは時間的金銭的損失だけで済むかもしれませんが、最も大きく割りを食うのが高齢者です。番組では住んでいた部屋の家賃が上がり、年金では払えなくなったという80歳女性が、年齢を理由に断られ続けている様子が取り上げられていました。長いケースで部屋探しを4、5年も続けている人もいるそうで、冷たいという言葉では済ませられない社会の矛盾が垣間見えました。
ひとりで孤独に死んでいく人、やがて後を追うことになる人、後始末をする人。いずれも非常につらい現実で、一筋縄では解決の目は見えません。
ネットで誰でも見られる事故物件情報
ここにネット社会という現代特有の要素が加わり、事故物件のイメージは広がっていきます。ネット時代、「デジタルタトゥー」といって、ひとたび拡散された情報はなかなか消えることはありません。事故物件情報も同様です。
動画サイトやSNSでは「事故物件」と題した動画が大量に存在します。また、事故物件と聞いて、多くの人が思い浮かべる有名サイトがあります。番組では、国内随一の事故物件サイトを運営する大島てる氏を取材していました。
大島氏は「(事故物件は)やっぱり怖いと思うのが人間として自然な感情。人が亡くなったところに住みたくないなら、その思いは尊重されてしかるべきだ」と説明。需要がある限り、それに応えるという大島氏のポリシーは素直でピュアなものように感じます。
そうであればあるほど、掲載している情報は正確性が求められますが、基本的にこのサイトの情報は誰でも書き込むことができます。間違った情報は確認しだい運営者側で削除するそうです。事故物件情報が誰でも閲覧可能であることには反発もあるようですが、大島氏は、情報はネガティブであるほど、そしてオープンにするほど、正確性は自然に増していく、と考えているようです。
日本人の「死は忌むべきもの」というイメージは強い
一方、事故物件を専門で取り扱う業者の社長は考えが違っていました。「事故物件のイメージが悪すぎる。人が亡くなることは普通のことなので、そんなに悪いイメージを持つ必要があるのか。メディア含めて作られたイメージだから、変えていく必要がある」と主張します。
僧侶であり看護師でもある玉置妙憂氏は「死というものに対して怨念とか恨みのような怖いというイメージしかないことがまず問題。さらに昔と違って人が家で死ぬことがなくなり、死というものを知らないということが恐怖を生んでいる」と解説。事故物件は私たちの心の問題であるというわけです。
また、解決方法として「ひとりで死ぬことは当たり前のことであることを再認識し、孤独死ではなく『孤高死』と考えているようにすれば事故物件という概念は生まれてこなくなる」と話しました。
日本人の「死は忌むべきもの」という感情が強いことは、それこそ死後の世界を「黄泉の国」と呼んだ神話の時代から受け継いでいることかもしれません。現代でも、地域によっては葬儀の際に故人の茶碗を割ったり清め塩を使ったりして日常生活と切り離そうとします。警察では死体のことを「ホトケ」という隠語で扱い、生きている人との区別を明確にしようとします。
こうしたメンタリティで生きる日本人ですから、仲のいい家族の死ならまだしも、赤の他人が死んだ部屋、しかも死んでかなりの時間がたった部屋には拒否反応が出るのは自然なことではないでしょうか。僧侶の玉置氏が言うような世界は理想的ではありますが、事故物件という概念が消えるまでには、かなりの時間を要するのではないかと思われます。
また、先述の不動産業者が「現代は核家族どころか、きょうだいの関係も疎遠で、人とのつながりを自ら切っていく人が多い」と言ったように、人間関係の希薄化傾向は大きなきっかけがない限りは不可逆的でしょう。
転ばぬ先の“テクノロジー”で解決できないか
そこで、テクノロジーの出番です。
最近では、室内の生活動線にセンサーを設置して、人の動きや冷蔵庫やトイレのドアの開け閉めを察知できなくなったとき、家族のスマホに連絡がいくサービスがあります。監視カメラではないぶん、プライバシーに配慮できますし、高齢者の方も安心できるでしょう。
また、大手警備会社はボタンひとつで健康について相談できたり、緊急時に駆けつけたりというサービスを行っています。大阪市のように自治体の中にも同様のサービスを行うところもあります。
ただ、こうしたサービスはあまり普及していません。税金で負担すべきサービスなのかも議論は分かれるでしょう。ただ、マンション購入時や賃貸契約時に契約する火災保険や地震保険と同じレベルで普及するか、一定の年齢以上なら強制加入するようになれば、少なくとも孤独死が何カ月も放置され、特殊清掃が必要になるケースは減少するのではないでしょうか。
2021年6月に国土交通省は、事故物件について不動産業者が入居者に告知すべき事案についての指針案をまとめました。そこでは老衰や病死、不慮の事故死については告知不要としています。一方、長期間放置されてニオイが発生した場合は告知が必要とされました。長期間でなければ孤独死していても事故物件にはならないというわけです。
プラスチックごみを減らすためにレジ袋が有料化され、有名コーヒーチェーンがストローを紙製にするなど、ある意味で不便を受け入れる動きが「環境負荷低減のためなら」と割と素直に受け入れられています。
事故物件の多くはゴミ屋敷であり、大がかりなリフォームが必要になるなど、実は環境負荷も大きいものです。転ばぬ先の杖ならぬ「センサー設置」が、事故物件の数だけでなく環境負荷まで低減するということを不動産業界がもっとアピールすれば、事故物件という社会問題も少しは軽減につながるのかもしれません。