当サイト「不動産のリアル」をはじめ、さまざまなメディアでマンション市場予測やマンションの資産価値に関する解説記事で健筆をふるう住宅ジャーナリストの榊淳司氏が2020年12月10日、新著『ようこそ、2050年の東京へ­-生き残る不動産 廃墟になる不動産』(イースト新書)を上梓されました。

 

今回は榊氏へのインタビューの完結編となります。

 

(上)より続く

 

(不動産のリアル編集部)

 

榊氏

榊淳司氏

 

文化を育てる東京。サブカルチャーが盛り上がる街は他国にない

 

――東京が世界一の娯楽都市になれるポテンシャルは、ほかにどういうところがありますか。

 

 東京の歴史は400年あまりですが、それは世界の大都市の中でもまあまあ長い方です。歴史があって、なおかつさまざまな文化を育ててきたという土壌があります。京都も文化を育てましたが、京都よりも経済力があり、東京に住んでいる人の寛容さも大きいですね。

 

東京には私見で3分の1ぐらい東京という街をバックヤードにして育ってきた人たちがいて、ニューカマーはそこに混じって東京の伝統を引き継いでいるようなところがあります。その伝統のひとつに、文化に対して非常に寛容なところがあり、これは東京の一つの魅力だと思いますよ。これから30年の爛熟期に、この文化を育てる力は、さらに深まるでしょう。

 

――東京が育てた文化が世界に冠たるサブカルチャーですね。

 

 コミックマーケットというオタク文化の祭典が大規模に年に2回も開かれ、何万人も集まる。これを東京という街は許容して、市民権を与えているところがすごい。上海や深センで同じことできませんね。コスプレした人が歩いているのは秋葉原では日常風景ですし、池袋とか大泉学園の向こうぐらいで地下アイドルが発信する拠点がある。そういう人たちがふつうに生きていける空間として、その背景にそれを支える経済力があるのが東京です。

 

江戸時代も滑稽本とか春画とか、レベルの高いサブカルがあり、育てる土壌が伝統的にありました。海外では、たとえばニューヨークでは20世紀の先鋭的なプログレッシブなやつをやっているけれども、あそこにサブカルを許容する空気は東京より薄い。30年後には今のサブカルは芸術に昇格していますよ。そして30年先には30年先のサブカルがある。東京はそういうカルチャーを育てるところです。

 

商業施設が逃げ、タワマンは廃墟となる

 

――一方、不動産の視点で言うと、悲観的な見通しも示されています。「すべてのマンションは廃墟になる」とは持論でもあると思いますが、湾岸あたりのタワーマンション群の未来は壮絶ですね。マンションが廃墟になるというのはどういうふうなイメージですか。

 

 ひと言で言うと、維持ができなくなります。マンションを維持するためには、管理費と修繕積立金が必要です。その合計額は有明のタワマンで1㎡あたり600円ぐらいです。これでもふつうのマンションよりも200円ほど高いですね。60㎡のマンションだったら毎月3万6,000円を払ってもらわないと維持できないわけですね。

 

古くなるほど維持コストは高くなります。10年で1.5倍になり、30年後には1,200円になるとしたら毎月7万2,000円になります。住宅ローンとは別ですから、居住者が払えなくなります。管理費滞納で裁判にかけて追い出して競売にかけても、有明という街の魅力がなくなって住みたいという人も減っているわけですから、1,000万円でも買い手がつくでしょうか。

 

そうなったら管理費滞納を解消する力が、だんだんなくなってくるわけですよ。また、管理組合の理事も老いてきます。埼玉県川口市に築20年超えのタワマンがあって、管理組合の理事さんが最高で80歳ぐらい。若い理事さんでも60代の年金暮らしです。こういう状態がさらに20年もたつと、滞納や競売がかさんでいき、なおさら人が寄り付かなくてますます管理不全になるわけです。エレベーターが止まり、老人の孤独死が続出してくると廃墟ですね。低層階だけでひっそり何十人かが住んでいるだけの廃墟です。

 

――タワマンに附属している商業施設もなくなりますね。

 

 そういうのは最初に逃げますね。「ららぽーと」はそのうちなくなるでしょう。あそこで売っているものの95%ぐらいはAmazonで買えます。あそこもしょせんは平成型開発ですよ。赤字になったらもう雪だるま式に膨らむので、容赦なく撤退すると思います。

 

人工的につくったベッドタウンは持たない

 

――タワマン群と同様、寝るためだけに人工的につくった街は終わっていくと書かれています。人工的な街が失敗していくのは、デベロッパーが「土地があったら建物を建てる」という反射神経にあると思うのですが、2050年も彼らは続けますか。

 

 「土地があって都内に通えるから開発する」という手法はあと2、3年で終わると思いますよ。新築マンションの供給は劇的に減ると思います。寝るためだけに作ったところは30年後には力を失っています。もう、多摩ニュータウンなんて「ここに多摩ニュータウンありき」という石碑が建つくらいになりますよ。ニュータウンを縦に伸ばしたのが武蔵小杉ですが、あそこは、便利だけはいい。ただ、あのマンションを買うために1億5,000万円も払うというのはありえないでしょうね。

 

武蔵小杉は一時的にブランド力が付きました。あそこのタワマンって、今でも中古で320万~330万ぐらいですが、文京区の中古マンションと同じぐらいですよ。どっちがいいかは明らかですね。

 

――街に定着しているイメージというものはやっぱり強くて、ずっと残っていくわけですね。

 

 街の成り立ちというものをずっと引きずっていくでしょうね。文京区は江戸時代はほとんど武家屋敷。新宿は宿場町。そこには女郎屋があり、今の歌舞伎町につながるわけですよね。日本橋は昔から商売の街。六本木は米軍の施設ができてアメリカ人向けの店ができて歓楽街になった。こういうふうに街の由来というものはその後もずっとある程度の影響を残すでしょうね。

 

――イメージ形成ありきで人工的に作った街は30年後に定着することは難しいですか。

 

 上手に作っていればいいのですけど、上手にできたことはほとんどありません。街は生き物なので、常に細胞分裂と新陳代謝が必要です。それに「ここで飯を食え」とかね「ここにベンチを作ったので休め」とか作り込んでしまうとそれがよくない。人間は意外性がほしいわけです。そぞろ歩きの楽しくない街は廃れていってゆっくりと死んでいくのではないでしょうか。

 

東京を見下している「京都人」さえも取り込むその魅力

 

――読後感としては「未来の東京賛歌」のようでどこかワクワクした気持ちになりました。最後に、この本の中で歌手の長渕剛が『とんぼ』で「死にたいくらいに憧れた花の都大東京」と歌っていることにまったく共感できなかった、というくだりがあり、「東京はすごい」とは思わない京都人の視点での「東京論」であることが書かれています。

 

 地方出身者で東京をすごいと思わないのは京都人だけです。少し偉そうですけど、それは言っておいた方がいいなと。東京への憧れもほとんどありません。たしかに街のサイズが大きくて、いろんな人がいる。そういうボリュームはすごいなとは思うけれども、いまだに見下したような気持ちがあるかもしれませんね。

 

――そうですか? 最後は好きになったと書いています。

 

 あれはちょっとしたサービス(笑)。そう言っておかないといけないかなと。まあ、嫌いではないですけどね。

 

――そのコメントも京都人らしいですね。ありがとうございました。

 

(終わり)
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榊淳司(住宅ジャーナリスト)
1962年生まれ、京都府出身。同志社大法学部および慶応大文学部卒。不動産の広告・販売戦略立案の現場に20年以上、携わってきた。一般の人々に分かりにくい業界内の情報や、マンション分譲事業の仕組み、現場担当者の心理構造などをブログ上で解説。近著に『2025年東京不動産大暴落』(イースト新書)、『マンション格差』(講談社現代新書)など。最近は不動産を中心とした時事問題解説系YouTuberとしても活躍している。