7年8カ月続いた安倍晋三内閣がついに交代のときを迎え、9月16日の衆参両院の本会議で行われる総理大臣指名選挙を経て菅義偉内閣総理大臣が誕生する。「安倍政権の路線を継承する」としている菅氏だが、これまでの日本の社会や経済に多少の変化が生まれるだろう。では、不動産市場はどう変わるだろうか?

 

とはいうものの、今のところ「菅総理になるから」ということで不動産市場に直接に変化を及ぼしそうな材料は見当たらない。彼が何をやろうとしているかが、現時点でははっきりしないからだ。たとえ何かお考えになっていても、それが実行できるとは限らない。それが現状で言えることだ。

 

しかし、いくつかヒントはある。

 

金融取引及び金融危機のイメージ

(写真はイメージです)

 

庶民感覚を持った総理大臣

 

第一は、彼が久しぶりの「たたき上げ」の総理だということに関係がある。すでに一部で「平民宰相」「今太閤」ともてはやす向きもあるようだ。

 

これに対し安倍氏は、母方の祖父は元総理大臣の岸信介氏。実父は元外務大臣の安倍晋太郎氏と、言ってみれば貴族のような家の出である。麻生太郎副総理も同じようなものだ。

 

彼らは一人何万円もする食事に躊躇しない。常に人にかしずかれて人生を送ってきた。たとえば、今までの人生で「来月の家賃(あるいはローン)が払えないかもしれない」なんて経験はしていない。つまりは、庶民感覚からは程遠い人々だ。

 

ところが菅氏は働きながら夜学を卒業し、国会議員秘書の下積み時代が11年。37歳で横浜市議会議員に当選し、国会議員になったのは47歳という遅咲きのデビューを果たしたお方だ。よく言えば「下情(下々の心情)に通じている」ということだ。

 

だからこそ、自民党総裁選挙出馬会見でも言っていたように「携帯電話料金が高い」という感覚をお持ちになる。あるいは「最低賃金を引き上げるべき」という提案に賛成なさる。総務大臣時代に「ふるさと納税」を考案し、法整備も推進した。

 

安倍路線の継承が宿命

 

次に、菅氏は安倍内閣7年8カ月の官房長官であるから、良くも悪くもその政策を引き継ぐ立場にある、ということだ。私は安倍氏の退任発表で最も注目したのは、日本銀行総裁である黒田東彦氏の去就である。黒田氏は2013年の3月から実質的に安倍氏の要請を受けて日銀総裁に就任した。以来、アベノミクスの中心的政策となった「異次元金融緩和」の担い手として動いてきた。

 

その黒田氏が安倍氏の総理退任とともに日銀総裁を辞すれば、異次元金融緩和は大きくその方向性を変える可能性がある。しかし、今のところ新しい総裁の名前も挙がってこないし、総裁更迭の動きも見られない。

 

菅氏の経済政策の手腕は未知数だ。しかし、日銀と財務省、官邸の連絡を密にするうえでの重要な役割を果たしたと伝えられている。そう考えれば、菅氏は今の異次元金融緩和政策には肯定的だと見なすことができる。また黒田氏の日銀総裁続投にも異議がなさそうだ。

 

黒田氏が、かつて「平成の鬼平」として平成バブルの退治を容赦のない金融引き締めで行い、いくつもの大手金融機関の倒産を誘引した三重野康元総裁のような人物に取って代わられる事態も、今のところ想定しにくい。

 

コロナ不況前夜、政府の対策は効果あり

 

ということは、当面は「菅新総理だから」ということで不動産市場にいきなり暴風雨が襲いかかる心配はなさそうだ。しかし、油断はできない。不動産市場も基本は日本経済の一部である。経済の好不況の波に連動して、価格が上がったり下がったりするのが現実だ。

 

今、日本経済はコロナ不況の入り口にある。2020年4-6月期のGDPは速報値で年率27.8%のマイナス。これは戦後最悪の落ち込み。マイナス成長は3四半期連続で、「かつてない」水準の悪い数値である。しかし、不動産価格は目立って下がってはいない。それどころか株価はコロナ以前の状態にまで戻ってもいる。

 

これはなぜか? ひとつには安倍内閣の積極的なコロナ対策が効いていることが挙げられるだろう。全国民に一人ひとり10万円の特別定額給付金を配る。個人事業者には100万円、法人には200万円の持続化給付金。第一次と二次の景気対策で真水が60兆円といわれている。通常予算の真水1年分以上だ。消費税減税などまだできることはあるとは思うが、これらの景気対策で日本経済はとりあえず一息ついているのだろう。

 

下情に通じた新総理は困窮庶民に手を差し伸べるかも

 

菅新総理は下情に通じている方だから、就任後はもう少し細やかな景気対策を行うかもしれない。低所得者の家賃補助とか、住宅ローン返済困窮者の救済などだ。しかし、一総理の政策誘導くらいで経済の大きな波を変えることはできない。

 

現在、テレワークを快適に行いたいという需要から、戸建て住宅が売れに売れている。しかし、すでに新築マンション市場の停滞感は顕在化しているし、都心の中古マンション市場は体感でやけに動きが悪くなっている。また、年末にかけて湾岸や武蔵小杉などのタワーマンションで、ペアローンの行き詰まり組が任意売却する物件が多発しそうなことも気になる。

 

菅新政権は、そういった困窮する庶民に対して手を差し伸べる動きを見せるかもしれない。ただ、法律の枠内ではできることは限られている。

 

このまま何もしなければ、不動産市場はこの7年間で膨らませてきた局地バブルが崩壊へと向かう。利上げなどの金融引き締めがなければ、この動きはかなり緩やかなものとなるはずだ。

 

いずれにせよ、上がることはない

 

菅氏が現状の日本経済をどうとらえているのか、ということはおいおい分かってくるだろう。黒田日銀総裁が行っている異次元金融緩和政策は失敗が明らかになっているのだが、これを肯定的に許容するのであれば、総理が変わったからいって不動産市場がすぐに暴落に見舞われるようなことはない。その変化は緩やかに進行するはずだ。

 

われわれは、菅新総理の打ち出す政策を慎重に見守りながら、自分の抱えている不動産をどうするかについて考えていくしかない。ひとつ言えることは、これ以上に都心やその周辺のマンション価格が値上がりするようなことはなさそうということだろうか。

 

上がる要素はひとつも見いだせない。五輪の中止や任意売却の増加など、下がる要素ならいくつも上げることができる。今、重要なのは、そういった下落がいつ、どの程度の幅で発生しそうか、ということではないだろうか。

 

 

榊淳司(住宅ジャーナリスト)
1962年生まれ、京都府出身。同志社大法学部および慶応大文学部卒。不動産の広告・販売戦略立案の現場に20年以上、携わってきた。一般の人々に分かりにくい業界内の情報や、マンション分譲事業の仕組み、現場担当者の心理構造などをブログ上で解説。近著に『2025年東京不動産大暴落』(イースト新書)、『マンション格差』(講談社現代新書)など。最近は不動産を中心とした時事問題解説系YouTuberとしても活躍している。