私のような昭和世代にとって「マイホーム」という言葉は、「人生の夢」であり「成功の証」という意味を含む、かなり肯定的な響きをもっていた。しかし、これからの時代、「マイホーム」という言葉さえ使われなくなるのではなかろうか?

 

住宅とコイン

(写真はイメージです)

 

平成後期までの「一次需要層」は郊外を購入

 

私が新築マンションの広告を制作する仕事に従事したのは今から33年前である。そこから20年にわたり世の中に供給される新築マンションの中心カテゴリーは「ファミリータイプ」だった。

 

供給される主なエリアは山手線から30分以上は電車に乗る郊外。広さは70㎡以上で間取りは3LDKが中心。購入するのは30代の若年層子育て(予定も含む)ファミリーであった。年収は500万円台から700万円台あたり。

 

われわれのような新築マンションの広告に携わる業界では、彼らを「一次需要層」と呼んでいた。今もそういった需要層に向けての新築マンションが、続々と市場に供給されてはいる。しかし、ボリュームはかつての2割程度に減ったのではないか。

 

平成末期に登場したパワーカップルはタワマンを購入

 

代わって登場した需要層の主役がいわゆる「パワーカップル」と呼ばれる人たちだ。社会人になって初めてマンションを買うという点では一次需要なのだが、その購入力や購入対象物件が異なっていて、言葉どおり「パワーアップ」している。彼らの世帯年収は1,400万円を超える。購入可能な住宅の価格は1億円弱まで上昇した。

 

パワーカップルが購入したのは、湾岸エリアや武蔵小杉で供給されたタワーマンション。金額は6,000万円台から9,000万円くらいまで。夫婦がともに返済するペアローンを組んでの購入だ。

 

夢のマイホームを背伸びして買っていた

 

かつての一次需要層とパワーカップルは、購入対象のマンションのカテゴリーが異なりこそすれ、そこには厳然たる共通点がある。それは、自分たちの収入に合わせて「ギリギリの範囲でマンションを買う」というところである。

 

つまり、マイホームに対して夢を抱き、背伸びをしながらそれを手に入れようとした、というところだ。

 

しかし、このコロナ騒動はそういった「がんばってマイホームを購入」というライフスタイルを過去のものへと押しやってしまったかもしれない。

 

日本人のDNAに反した「35年ローン」

 

諸行無常。すべてのものは変わり続けていく。これは日本人のDNAの中にしっかりと刻み込まれている感覚である。

 

ところが、その感覚に反してこれまでの住宅ローンを利用してのマンション購入は「今後35年の間、自分たちの収入は途切れることがなく、少なくとも現状維持ができる」ということを前提としている。

 

そもそも、35年もの間に自らの収入が維持または増大できると確信できるのは、20代の公務員くらいではないか。少なからぬ割合の人が人生のどこかで失業や休職、あるいは転職による収入減に陥っているのが現実である。

 

今回のコロナ禍によって、誰もが予想しえなかった社会構造やビジネス環境の変化が起きている。多くの人が収入を減らしたり、職を失ったりするだろう。もちろん、この変化をチャンスにして大いに人生を飛躍させる人はいるだろう。しかし、それは全体から見るとほんの一部ではないか。

 

大多数の人は、人生の「予定外」に遭遇するのだ。まさに諸行無常。あらゆるものは常ならず変化する、のである。

 

コロナ不況は価値観を一変させる

 

新型コロナは、多くの人にこの諸行無常を改めて実感させた。現状、悲惨な目に遭っている人々の赤裸々なルポなどを目にする機会はまだ少ない。政府の「一人10万円給付」も行き渡りつつあり、つかの間の安心に浸っている人も多い。しかし、悪いニュースは確実にこれからどんどん増えていく。

 

経済成長率は2桁のマイナスに落ち込み、失業率は急上昇する。倒産する企業も目立ってくるだろう。緊急事態宣言下で業務を停止していた裁判所も動き出したので、8月頃から倒産件数が急上昇することが予想されている。不況が深刻になると、経済的な苦境に陥って自ら人生を終わらせてしまう人も増える。

 

今回のコロナ騒動のような場合、その渦中にいるときには多くの人が無我夢中でそれに対処している。だから自らの内部に起こっている変化に気付かない。しかし、何年かたつと「あれっ?」と思うのである。気付いたときには、価値観や考え方が変わっているのだ。

 

今回の場合なら「何が起こるか分からない」、すなわち諸行無常が、人生を生きる前提になってしまった、という変化だ。

 

中古住宅を短期ローンで買うことが王道になる

 

「何が起こるか分からない」ということを前提にすれば、35年ローンなどを組む気にはなれないだろう。賃貸や社宅などでとりあえず住む場所があるのに、無理をして、さらにはリスクを取ってマイホームを得ようというモチベーションも上がらない。仮に自分の住む家を買う場合でも、無理をしない購入方法を選ぶようになる。

 

そう考えれば、住宅市場の主役はますます新築マンションではなくなっていく。手ごろな価格で手に入る中古マンションや中古の戸建てになる。35年ローンは長すぎるので、せいぜい20年くらい、できれば15年未満に抑えるのが理想だろう。

 

中古はすべてがピカピカではないので、リフォームやリノベーションの需要は増えるはずだ。仲介業者も物件を右から左へと動かすだけではなく、リフォームのサポートをするなどの付加価値の供与が需要喚起に役立つ時代になりそうだ。

 

日本の住宅は、そうでなくてもすでに余っている。見渡せば空き家だらけの住宅市場を、奇しくもコロナ禍が合理的に整理する機会を与えてくれた、と考えるべきではないか。無理をしてマイホームを、しかも新築を買う時代は、過去のものになったのだ。それに合わせて、市場の風景も変わっていくはずだ。

 

 

榊淳司(住宅ジャーナリスト)
1962年生まれ、京都府出身。同志社大法学部および慶応大文学部卒。不動産の広告・販売戦略立案の現場に20年以上、携わってきた。一般の人々に分かりにくい業界内の情報や、マンション分譲事業の仕組み、現場担当者の心理構造などをブログ上で解説。近著に『2025年東京不動産大暴落』(イースト新書)、『マンション格差』(講談社現代新書)など。最近は不動産を中心とした時事問題解説系YouTuberとしても活躍している。