先日、私の古巣である新築マンション広告の業界で生きている知人がやってきた。ある広告制作の案件でトラブり、私の元来のスキルであるコピーライティングのサポートを求めにきたのである。

 

仕事の話はそこそこに、業界のよもやま話で盛り上がった。彼はポツリと言った。

 

「今年の宅建を受けようかどうか迷っているのですよ」

 

ビルを見上げるビジネスマン

(写真はイメージです)

 

宅建資格を取ろうとする優秀ビジネスマン

 

彼は40代の後半。ここのところ、2回連続で宅地建物取引士の資格試験に落ちているという。「なんで宅建なんか取りたいの? あんなもの、不動産屋にならないと何の役にも立たないよ。僕なんか1回も重説(重要事項説明書のこと。宅地建物取引士が購入契約者の面前で読み上げる)を読んだことないよ」なんて、笑って教えてあげた。

 

彼はなかなか優秀なビジネスマン。小さな広告代理店の共同経営者で、その会社はもう15年ほどの実績がある。「いや、マンションの広告なんて今後どうなるか分からないじゃないですか。〇〇社(取引先)もつぶれそうだし」と言う。

 

宅建資格を持っていれば不動産会社に雇ってもらいやすいのは確かだ。しかし、資格の有無と仕事の能力にはそれほどの強い相関関係はない。宅建業法では1つの事務所に宅建士の人数は5人に1人でよいとされている。ということは、業界内ではいわゆる「無免許運転」と呼ばれる無資格者は8割くらいいてもおかしくないということになるが、彼らの中にも営業力がずば抜けている人は山ほどいる。

 

不動産業界は常に人手不足。そのワケは

 

12年前のリーマンショックの際、街には大量の失業者が吐き出された。ハローワークが職を求める人々であふれた情景を覚えている人も多いだろう。そういう時期でも、街の不動産会社では社員を募集しているところが多かった記憶がある。あるいは多くの企業が新卒採用を控える中、新卒学生にも不動産業界の門戸は広く開かれていた。

 

私から見ると、不動産業界の中堅以下の企業は常に人手不足である。これは量の問題ではない。身も蓋もないが、不動産業に携わる人の資質や倫理観の面で、常に人手不足なのである。だから、少しくらいの不況になっても不動産会社に就職することは、さほど難しいことではないのだ。

 

私もときどき「息子が不動産関係に就職したいといっているけど、どこかないかな」みたいな相談を受ける。ぜいたくを言わなければ一部上場企業からそのあたりの中堅企業まで、たちどころに5、6社の面接を手配できる。

 

中途でも新卒でも、さして条件は変わらない。要するにあの業界は「物件を売れる(あるいは「買える」)人間なら年齢も学歴も前歴も問わない」という感覚が普通に行き渡っているのだ。

 

不動産業界に飛び込んだ人気お天気お姉さん

 

さて、新型コロナによってかなり深刻な不況がやってきそうである。私にコピーライティングを頼ってきた彼の会社は倒産するとは思えないが、足腰の弱い会社だと40代や50代でリストラされる人も多いだろう。

 

先日、朝の某テレビ番組で人気が高かったお天気お姉さんが、41歳で新興大手の某不動産会社に転職していたことが話題になった。彼女の場合は、自らの意思で芸能界を引退して不動産業界に飛び込んだらしい。写真集を出すほどの美貌やテレビで鍛えたアナウンス力が備わっているのだからまあ、特別なケースだろう。

 

今後は多くの人が自らの意に添わずに職を失うことになる。そういう人にとっても、不動産業界の門戸は大きく開かれているはずだ。

 

手堅く仲介をやる不動産業者は不況に強い

 

もちろん、不動産業界にも不況はある。特に、新築マンションを開発分譲するデベロッパーは、不況によって倒産しやすい。

 

しかし、中古マンションや中古の戸建て、宅地などの売買を仲介する業者は、生き残りやすい。なぜなら、彼らにとっては不動産価格が下落しようがバブろうが、取引が行われていさえすれば、仲介手数料が稼げるからだ。

 

ただ、それでは実入りがあまり多くない。そこで、自ら物件を買い取ってそれを転売してサヤを抜く、といったビジネスに手を出している業者も多い。そのビジネスモデルだと、不況になったときに少々危ない。持っている(ホールド)しているうちに相場が下がり、買った価格でさえ売れなくなってしまうことが、バブル崩壊時にはままある。

 

そういう業者は飛んでしまうが、手堅く仲介を中心に行っている業者は、バブルが弾けても十分に生き残れる。むしろバブル崩壊で価格が低迷するときも含め、そのあとの回復する時期に多くの取引を仲介するチャンスに恵まれるのだ。

 

中規模以上の仲介業者が恒常的に人手不足になっているケースが多いのは、こうした事情もあるのだ。

 

不動産業界は中年失業者ウエルカム

 

不動産業界の方に対しては少し失礼かもしれないが、この仕事は40代で飛び込んでからスキルを磨いても、それなりに追いつける。権利関係や契約、測量などの知識を身に着けることも重要だが、最も大切なのは人間力である。不動産を取引する売り手や買い手に、いかに信頼されるか、ということだと思う。

 

ある業界の重鎮が言っていたが、不動産業に必要な知識やノウハウの容量は、宅建の資格試験に受かることも含めて「中学校2年生レベルの英語を身に着ける程度」らしい。それをおっしゃった方は英語にご堪能そうだったので、だいたい合っているのではないか。私も、自分が40代の後半で宅建試験に合格したが、そのときに得た感覚に近い。

 

つまり、不動産業界は中年失業者に対しても「いつでもウエルカム」状態なのだ。

 

私の感覚では、景気が悪くない時期が続くと不動産業界は人材が淀む。つまり、あの泥水を長くすすっているお方たちだけでいいように物件を回すのだ。そして身内の中で美味しい利益を稼いでいる状態が続くようになる。これはあまり健全とは言えない。

 

他業種の血が不動産業界を変革させる

 

不動産業界に長くはびこる悪弊は、一般消費者(エンド)の利益を軽視することだ。自分たちの利益は最大限に確保するが、エンドの不利益など一切気にしない、という商慣習が当たり前なのだ。

 

不況になると他業界から人材が流入する。すると、新しいビジネススタイルが構築されることもある。たとえば仲介手数料の積極的なディスカウントを行ったり、対面なしの取引を志向したりしている仲介会社には、他業界からの血がたっぷりと入っている。

 

コロナ不況は不動産業界を変革する呼び水にならないか。私はそれを密かに期待している。

 

 

榊淳司(住宅ジャーナリスト)
1962年生まれ、京都府出身。同志社大法学部および慶応大文学部卒。不動産の広告・販売戦略立案の現場に20年以上、携わってきた。一般の人々に分かりにくい業界内の情報や、マンション分譲事業の仕組み、現場担当者の心理構造などをブログ上で解説。近著に『2025年東京不動産大暴落』(イースト新書)、『マンション格差』(講談社現代新書)など。最近は不動産を中心とした時事問題解説系YouTuberとしても活躍している。