中国・武漢を発生源とする新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2020年4月8日0時、首都圏など7都府県で緊急事態宣言が発令された。不動産市場にもさまざまな影響が出ているが、2020年4月16日現在で、宣言の対象が全都道府県に拡大される方針が決まり、影響はさらに広がっていきそうだ。

 

対象となったエリアでは、ほとんどの新築マンションはモデルルームなどでの販売活動が休止となった。中古住宅や賃貸物件を扱う仲介会社も、大手から個人営業規模の業者まで、大半が休業している。

 

ただし、電話での問い合わせなどには対応しているようで、水面下での営業活動はそれなりに行われていると推測できる。

 

2020東京オリンピック・パラリンピック選手村

(Adobe Stock「2020東京オリンピック・パラリンピック選手村」より)

 

五輪延期も晴海フラッグの入居予定時期に変更告知なし

 

東京五輪の開催も、1年延期となった。ただ、本当に1年延期で開催できるのだろうか。アメリカのハーバード大学の研究チームは「重症者への対応能力が大幅に強化されたり、ワクチンが使用できるようになったりしなければ、(人と一定距離を置く)ソーシャルディスタンスの措置が2022年まで必要になる可能性がある」という報告を出している。もしそのとおりなら、2021年の五輪開催は不可能となる。

 

五輪の開催延期や、あるいは中止によって激烈な影響を受ける湾岸エリアの新築マンションがある。選手村跡地に誕生する「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」である。

 

分譲総戸数は4145戸。すでに930戸が売り出されて900戸近くの契約が成立したと伝えられている。こういう場合、購入金額の1~2割の手付金が購入契約者から売主に支払われている。数百万円から1千万円超の金額になるはずだ。

 

五輪延期が決定するまでは入居予定は「2023年3月」とされてきた。この原稿を書いている時点(2020年4月16日)でも、表示はそのまま。ただし、「ご案内内容に変更が生じる可能性がございます」という告知も出ている。2020年に五輪が開催、閉幕することを前提とした「2023年3月入居予定」であれば、これも1年延びて2024年3月になるのが普通だろうが、オフィシャルページにはまだ変化は見られない。

 

仮に900戸弱の購入者が決定しているのであれば、彼らの入居も1年延びるのだろうか。あるいは2021年の開催がさらに1年延期されて2022年になってしまったら、入居時期はかなり不安定な状態となる。

 

コロナは売主に責任なし。解約には手付金放棄が必要

 

購入契約者の中には居住中の社宅からの退出期限があったり、定期借家の退去日が決まっていたりする人もいるだろう。そういう場合、売主側で何らかの補償や補填などがあるのだろうか。詳しくは晴海フラッグの購入契約書を見ないと分からないが、一般的なケースで考えてみる。

 

新築マンションの購入契約は、晴海フラッグのように建物が完成して引き渡せる状態になる1年以上前に締結されることがよくある。もちろん、契約書には引き渡しの予定時期が示されているはずだ。

 

ただし、地震や台風などの天変地異の場合、売主側の引き渡し履行義務が免れる条項が入っている。今回の新型コロナウイルスの流行は、天変地異に含まれるものと考えるのが自然だろう。つまり、売主側は購入契約者に何ら補償・補填をせずに引き渡し時期を延期できる。もしそうなら、購入契約者は一方的に引き渡しを待たされてしまうことになる。

 

購入契約者の多くはそれでは納得できないだろう。「それでは話が違う」ということで、解約を求めた場合はどうなるのか。今回のケースは天変地異なので、売主側に過失があったわけではない。その場合、購入契約者は手付金を放棄することで自由に解約できる。逆に言うと、解約するには支払っていた手付金を放棄しなければならないのだ。

 

現状、約900組いるとされる購入契約者側から売主側にどのような要求や要望が出されているのか分からない。中にはきっと、「手付金を返還してほしい」と主張をして解約を望む契約者もいるはずだ。そういった異例の要請に、売主側がどう対応しているのかは分からない。たぶん社外への厳密な秘密保全措置が講じられていると推定する。

 

感染者収容で事故物件になるかも? オリンピックレガシーの幻想崩壊

 

既存の契約者には、こういった複雑な問題が生じている。しかし、もっと気になるのは晴海フラッグの今後の販売活動だ。仮に900戸に購入契約者がいるとしても、残りの住戸だけで3200戸以上ある。そして、本当のところ購入契約者にはいったいいつ引き渡せるのか、今のところよく分からない。

 

2021年7月の五輪開催が絶対に動かないなら予定を立てることは可能だ。しかし、「絶対」はありえず、五輪開催は新型コロナの終息が前提になるはず。今のところ、終息の見通しはたっていない。2021年の3月になっても今とさして変わらない状態であれば、開催は不可能と判断されるはずだ。そうなれば、選手村跡地である晴海フラッグの引き渡し時期は、さらに不透明になる。

 

晴海フラッグの一部を、新型コロナウイルスに感染した軽症者を収容する施設として利用しよう、というアイデアも出てきている。そうなると話はさらに複雑になる。巷間伝え聞くところによれば、新型コロナは発症してから急激に悪化して数日で亡くなるケースもあるという。

 

収容した軽症者の容態が急変して、そのまま命が尽きてしまうケースも起こりうると考えるべきだ。そういう場合、その住棟は「コロナによる死者が出た建物」ということになる。不動産業界的な扱いでは「事故物件」とするべきだが、住む側からしたら、たまったものではないだろう。

 

晴海フラッグは、私のような業界ウォッチャーから見ると何とも「いわくつき」である。そもそも最寄り駅(都営大江戸線「勝どき」駅)から徒歩16~21分と離れすぎているので、不動産的な資産価値はかなり怪しい。そこを「選手村跡地」とか「オリンピックレガシー」という華やかなイメージで一般人に幻想を抱かせることにより、高値で販売しようとした。すでに約900人がその幻想に惑わされたということだ。

 

破格値で売った小池知事と欲を出したデベロッパー

 

このマンションの用地売買にも疑惑や疑念が付きまとっている。晴海フラッグの売主に、この土地を売却したのはほかならぬ東京都。売却額は周辺公示価格の10分の1という、ありえないほどの安値であった。その売却を決める書類に責任者として判子を押したのは小池百合子知事だ。4年前の就任まもないころである。

 

彼女は、この売却には疑念を持たなかったようだ。彼女はその直後に沸き起こった豊洲新市場の土壌汚染問題に飛びついた。そちらでさんざん騒ぎを大きくしているころ、晴海フラッグの計画が着々と進められていた。

 

結局、豊洲新市場は開業した。都民の税金を余計に費消して、小池都知事は騒いだだけ、という印象を残した。彼女が選手村跡地の売却問題を提起していれば、最終的に「売却額の引き上げ」という勝利の果実を都民に示せたかもしれない。

 

晴海フラッグの広告が始まったのは2018年の秋ごろだったと記憶している。当初の「販売予定」は2019年の5月だった。しかし、集客数が目標に達しなかったのだろう。結局、第1期600戸の登録受付開始は7月下旬。抽選は8月上旬。お盆の期間に契約、という業界でも異例のスケジュールが強行された。

 

都から破格値で土地を購入したことから、坪単価250万円程度のリーズナブルな価格で販売されるとマーケットは期待したが、ふたを開けてみれば平均坪単価は300万円超だった。250万円でも十分に利益が出せたはずだが、売主デベロッパーが欲張ったのだろう。

 

しかし、第1期600戸の中には、ところどころに割安感のある住戸を設定した。そういう住戸に対して、「転売屋」と呼ばれる人々が大量に登録を入れたので、部分的な倍率だけは高まった。第1期には「最高71倍」などという住戸もあったようだが、600戸すべてを完売することはできなかった。4145戸のマンションの第1期販売としては、惨敗と見なすことができる。

 

その後、第2期340戸が売り出された。ただ「第1期・2期住戸全戸完売」という表示は今も出ていない。そして年が明け、第3期を始めようとしていたところで、新型コロナウイルスの騒ぎが始まった。あれよあれよという間に、五輪開催は1年延期。政府からは緊急事態宣言が出された。

 

行くも地獄、戻るも地獄。迷走する晴海フラッグ

 

これは想像でしかないが、平均坪単価250万円で販売を始めていれば、今頃は半分以上の住戸が契約済みになっていたはずだ。さらに、引き渡しが1、2年延びたとしても、それなりに販売は進められると思う。

 

しかし、第1期と2期を平均坪単価300万円超で売り出して購入した人がいる以上、たとえ販売が不調になったとしても残り3200戸以上をそれよりも大幅に安く市場に出すことは難しかろう。デベロッパーにとっては、行くも地獄、戻るも地獄か。

 

建物の引き渡し時期に、解約条件、価格設定……。世界に暗雲が立ちこめる今、晴海フラッグはすべてが迷走状態であるといえる。

 

 

榊淳司(住宅ジャーナリスト)
1962年生まれ、京都府出身。同志社大法学部および慶応大文学部卒。不動産の広告・販売戦略立案の現場に20年以上、携わってきた。一般の人々に分かりにくい業界内の情報や、マンション分譲事業の仕組み、現場担当者の心理構造などをブログ上で解説。近著に『2025年東京不動産大暴落』(イースト新書)、『マンション格差』(講談社現代新書)など。最近は不動産を中心とした時事問題解説系YouTuberとしても活躍している。