新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、世界経済が未曾有の打撃を受けています。国内の不動産マーケットも影響を受けて、価格下落は避けられないでしょう。一方、感染を避けるため、時差出勤を認めたり、自宅で情報通信技術を駆使して仕事をするテレワークが普及したりなど、サラリーマンの働き方が大きく変わりつつあります。景気の後退と働き方の変化はコロナウイルスの有無にかかわらず避けられなかったトレンドとはいえ、コロナウイルスが引き金になって流れが一気に加速しています。
そんな時代に、住まいを探す人はどんな観点で選べばいいのか、不動産会社もお客様にどう提案していけばいいのか。不動産事業プロデューサーの牧野知弘氏にうかがいました。
(取材・構成 不動産のリアル編集部)
牧野知弘氏
コロナは強敵。迫られたマインドチェンジ
――先生は以前から、働き方の変化が住まいに対して人が求める価値観や住まいのあり方を変えると指摘されています。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、テレワークをはじめとする働き方の変化が一気に進んだ感があります。
牧野 コロナは甘く見てはいけないですね。2020年4月7日には首都圏などで緊急事態宣言が出され、かなり大きな影響がすでに出ているし、これからもしばらく続く覚悟が必要です。ここ1、2年のスパンでは、相当に厳しい社会情勢、経済情勢となり、それに裏打ちされた不動産マーケットが予想されます。
大きな災害ともいえるこうした事象が起きた中で私が着目するのは、世の中全体の「マインドチェンジ」です。新型コロナウイルス感染症が中国の武漢で起きた一過性の風土病で収まっていれば、いずれはV字回復など楽観的なシナリオが描かれることもあったでしょう。
しかし、こういう大きな疫病になって世界中に広まったゆえに、世界経済全体や社会の規範のようなものが、明らかにマインドチェンジしました。このことを大前提にして、これからの不動産マーケットを考えていかなければならないですね。
テレワークをはじめとするこの変化は、本来ならもう少し緩やかにくるだろうと想定していて、オリンピックが予定どおりだったならその終了後から今年の後半以降に出てくるのかなと読んでいました。しかし、あにはからんや、コロナがいきなり号砲を鳴らしました。この号砲の影響力が驚くくらいすごく、準備中のところにいきなりきてしまったという感想です。
テレワークできるほどのプロですか?
――政府はついに緊急事態宣言を出すに至りましたが、その前から「首都封鎖」や「ロックダウン」などの言葉が踊っており、各企業はあわててテレワークを導入し始めました。
牧野 密閉されたオフィスにみんなが通勤してきて、同じように机に座って、同じような作業を繰り返すことが本当に合理的なのかというところに、働く人みんなが図らずも気づかされることになったのではないでしょうか。外部環境の変化に対して適合していかなければならないと生き残れないということですね。
しかし、みんなが全員、テレワークができるのかというと、僕は違うと思います。「サラリーマンがみんな、テレワークができるレベルのプロであるか?」というと、はたしてそうでしょうか。わが社はテレワークにしていません。先日、社員を集めてこう言いました。「残念ですが、プロの仕事ができる社員が一人もいませんので、テレワークはやりません。自発的にテレワークの仕事をやって給与を稼いで頂けるかが正直、疑問です」と。
――テレワークができるサラリーマンとは?
牧野 それはプロのサラリーマンに限られます。その条件は何かというと、自分の責任と権限が明確になっていて、仕事の役割を認識し、自分の職能で働けることです。自分で目標を設定し、自分の能力を注ぎ込んでアウトプットし、パフォーマンスを発揮する人が、それに応じた報酬をもらう権利を持っているのです。
ただ、こういう方は大企業でも2、3割しかいないんじゃないでしょうか。日本はアメリカのようにレイオフができません。その代わり、こうしたテレワークもできない人たち、すなわち本当は真っ先にクビを切りたい人たちの報酬を抑制し始めます。
AIやIoTに可能な限り切り替えて、テレワークシステムを進化させていくことによって、業務の効率化を図っていけばそれは可能だからです。
オフィス市場は縮小、フルレバ勢は全滅か
――非常に厳しいことですね。単に働く場所を自宅に移しただけの話ではないのですね。
牧野 コロナをきっかけとした仕事のテレワーク化というのは、政府がいう「働き方改革」などという甘いものではなく、Windows95が入ってきた以上の大きな変革ですよ。たとえば100人の従業員を抱えている社長が、実はプロフェショナルなワーカー30人だけで仕事が成立すると分かった瞬間、オフィスが縮小になります。
ここ数年、多くの企業が「丸の内だ、大手町だ、日本橋だ」とオフィスビル展開してきましたが、やがて見直されるでしょうね。オフィスマーケットの縮小も、中長期でくると思っていたのですが、予想以上に短期でくることになりそうです。
――コロナの影響で、外国人観光客がパタリといなくなり、五輪期間中のホテルもキャンセルだらけのようです。
牧野 今が踏ん張りところですが、無理をしたところからダメになります。つまり、オリンピックやインバウンドを当てにして、無理してフルレバレッジ的な動き方をして高い建築費をかけ、後で回収しようとしていたところが倒れます。大阪のミナミで雨後のタケノコのように建ったホテルとか、京都の民泊とかなどは、全滅ですよね。逆に、財務が強い大手の資本などは生き残るでしょうね。
好条件の売り物件をつかむチャンス到来
――住宅についてはどうなるでしょうか?
牧野 まず景気後退の側面から考えます。住宅に住んでいる人のほとんどが勤労者ですが、彼らのお財布事情が芳しくなくなります。現在、企業は残業代をカットしたり、従業員の一部を一時帰休したりしています。外出自粛で飲食店も収入が激減していて、つぶれる店が続出するでしょう。
彼らが職を失ってしまうと、家賃が払えなくなったり、過去に組んだ住宅ローンの支払いが危なくなったりします。そうして売らざるをえなくなった売り物件が結構、増えると思います。
キャッシュリッチな人たちにとってみると、今がチャンスです。個人の住宅事情も、先に述べたホテルや民泊も一緒で、背伸びした人たちがみな、やられます。ここ数年、金利が低くて「なんとなく大丈夫」とほぼ無計画で買われている方が多いので、この辺の良立地かつ築浅の物件をつかめるチャンスといえるでしょう。
実はこうした動きはコロナがなくて順調にオリンピックが行われたとしても、終わった後から徐々に出てくると予想していました。しかし、オフィスマーケットと同様に前倒しになりましたね。実需・投資物件はおそらく2020年の後半くらいから「買い」がくるかもしれません。
――あと数か月でそんな変化が来ると。
牧野 これから住宅を買おうとする人にとっては「チャンス到来」といえるでしょう。それまで手に届かなかった物件に手が届く可能性が高くなります。
投資で買う人もそのときに向けて今は、キャッシュを持つことですね。景気が悪くなると金融機関が尻込みして貸してくれなくなりますから。価格が上がっているときに、レバレッジまでかけて自分のお金を突っ込むのは愚かなことで、下がってきたときこそキャッシュを使うべきです。借り入れはなるべく少なくして組めると最高の投資ができると思いますね。
テレワークが住宅の間取りを変える
――働き方の変化から考えると、住宅事情はどう変化するでしょうか。
牧野 テレワークあるあるとして、仕事している後ろで子供が駆けずり回っていたり、猫がキーボードに乗ってきちゃったりなど、滑稽なシーンがあちこちで起こっています。これは日本の住宅事情をまさに語っているのですが、これで本当にテレワークができるのかということですよね。僕も経営者として「そんなふざけた場所で仕事に集中できないだろ?」と思います。自宅では誘惑が多いですからね。「サボるかも」という疑念も残ります。
そんな課題を解決する方法は2つです。ひとつはコワーキングスペースで仕事をすること。コワーキングは環境が整っているし、邪魔が入りません。こうした施設は本来、都心ではなく、相模原とか、船橋とか、藤沢といった衛星都市につくるべきなんですが、少し先の話かもしれません。
もうひとつのすぐにできる解決方法として、これから供給する住宅に、仕事ができる部屋を設置することがあります。先日も、大手の電機メーカーさんにユニットバスならぬ「ユニット仕事場」を提案しました。ユニットバスくらいの大きさの箱の中にきれいな机と椅子、コンセントとネット環境はもちろん、ライティングや空調、湿度管理など、集中力を高め、生産性の効率を上げるための技術をすべて入れたものです。
こうした「書斎」を住宅の中に組み込むと、テレワークが立派にできる環境になる。2畳もあればできますよね。こうした動きが進むと、住宅というものが大きく変わります。単に寝るということを前提とした今の間取りは見直されるでしょう。
今みなさん、テレワークや外出自粛で引きこもりをされていますが、家の中に24時間いられないのが現状の日本の住宅です。これがちゃんとしたコワーキング的な環境があり、なおかつ自宅にいるくつろぎがあり、というところを家として提供していくと、ニーズはあるのではないでしょうか。
=(下)に続く
オラガ総研株式会社 代表取締役 牧野知弘氏
東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現:みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し、ホテルリノベーション、経営企画、収益分析、コスト削減、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT(不動産投資信託)市場に上場。2009年株式会社オフィス・牧野設立およびオラガHSC株式会社を設立、代表取締役に就任。2015年オラガ総研株式会社設立、代表取締役に就任する。2018年11月、全国渡り鳥生活倶楽部株式会社を設立、使い手のいなくなった古民家や歴史ある町の町家、大自然の中にある西洋風別荘などを会員に貸し出して「自分らしい暮らしの再発見」を提供している。
著書に『空き家問題』『民泊ビジネス』(祥伝社新書)、『老いる東京、甦る地方』(PHPビジネス新書)、『こんな街に「家」を買ってはいけない』(角川新書)、『2020年マンション大崩壊』『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『街間格差 オリンピック後に輝く街、くすむ街』(中公新書ラクレ)などがある。テレビ、新聞などメディア出演多数。