台風19号の残した傷跡が凄まじい。どこかの間抜けな政治家が、台風一過の翌日に「この程度で済んでよかった」的な発言をしてひんしゅくをかっていたが、その時点ではこれほどの被害が確認できていなかったのだろう。長野や栃木では堤防の決壊で家屋に大きな被害が出た。犠牲者も増えている。

 

2019年10月台風19号による田川の増水

(写真はイメージです)

 

資産価値重視のタワマン、崩れた安全神話

 

東京では世田谷区の二子玉川で犠牲者が出ている。その対岸、やや下流では武蔵小杉で2棟のタワーマンションで浸水が起こった。そのうちの1棟では、地下3階まであふれ出た下水に浸かり、排水作業が続いている。

 

2019年10月26日の時点では復旧の目途がまだ分からない状態だ。管理組合がかん口令を敷いているようで、詳しい情報が伝わってこないからだ。

 

武蔵小杉の駅前エリアには11棟のタワマンがあるそうだが、浸水被害のあった2棟以外はおおむね正常な暮らしが営める状態だという。管理組合の公式ツイッターなどで「当マンションはほとんど被害がなく、電気も上下水道も正常」と、盛んにアピールしている。

 

私は2019年6月に拙著『限界のタワーマンション』(集英社新書)を出した。その原稿を書くにあたっての取材で、武蔵小杉の市民運動グループに取材を行った。彼らはタワマンの増殖に反対する人々たちである。

 

「タワーマンションの住民たちのいちばんの関心事は、自分のマンションの資産価値だそうです」。彼らはアンケート結果を示しながら、私にそう教えてくれた。

 

実のところ、武蔵小杉のタワマン購入者は東京の湾岸エリアのタワマン住民と属性や価値観、嗜好(しこう)性が似ているのではないかと思う。

 

湾岸エリアのタワマン購入者は、ひとことで言えば「ニューカマーのプチ成功者」である。大学入学か就職をキッカケに上京。30代で大きく収入を伸ばして世帯収入が1,500万円から2,000万円に達した人々である。彼らは自らの人生の成功のあかしとしてタワマンを購入する。そして、そこに住みながら資産価値が増していくことを密かに願う。

 

そういう方々にとって、自分が住んでローンを払っているタワマンの資産価値が減ずるような事態は、もっとも忌み嫌うべきものだ。「浸水被害にあったのはお隣のタワーであって、決してウチではないので、みなさんくれぐれもお間違いのないように」という情報を、広く知らしめたい気持ちはよく分かる。

 

災害特約ではカバーできない損害はだれが払うの?

 

さて、資産価値がどうなるかを云々する前に、今回の被害によって得られた教訓について考えたい。

 

被害が大きい47階のタワマンについては情報が少ないので、その復旧に関してはあれこれと想像するしかない。まず、莫大な額に達するであろう復旧費用はだれが払うのか?

 

普通なら管理組合が加入する共用部分についての火災保険に付加された災害特約で保険金が出るのだろう。しかし、その限度額は通常5,000万円だという。ただ、あの困難な排水作業や、その後に水に浸かって廃車になる居住者のマイカーの整理や、壁や床の清掃などの作業にかかる費用を考えると、とても5,000万円で収まるとは思えない。

 

管理会社に大きな過失があれば、その責任は問える可能性がある。あるいは、構造上の瑕疵が原因なら売主企業の過失である。しかし、瑕疵担保責任期間はすでに過ぎている。売主企業に法的責任はないはずだ。

 

今回の被害発生を受け、損害保険の制度改革が行われるのではなかろうか。水害における保険の限度額は数億円規模にまで引き上げられるかもしれない。

 

当該タワマンは、他のマンションでは起こらなかった浸水が起こった原因を究明し、徹底して除去することが求められる。これは当該マンションだけの問題ではなく、浸水被害を受ける可能性があるすべてのマンションにとって教訓になることだ。だから、ぜひ情報を公開してほしい。

 

ハザードマップ確認はエリア選定に欠かせなくなる

 

今回の武蔵小杉や二子玉川、長野などで起こった水害は、おおむねハザードマップであらかじめ危険が指摘されていたエリアで起こっている。ということは、これから住宅を購入しようとする人にとって、ハザードマップをチェックすることは欠かせない作業になるかもしれない。

 

一方、実はハザードマップで危険が指摘されていたにもかかわらず、今回の台風19号ではほとんど被害が出なかった地域がある。その代表例が東京都の江東区と江戸川区である。江東区は、昭和以前にはたびたび広範囲に冠水する被害を受けてきた地域である。今回も、江東区、江戸川区ともに避難勧告が出ている。しかし、結果的にほとんど被害らしい被害はなかった。

 

武蔵小杉や二子玉川は多摩川流域である。江東区は隅田川と荒川放水路に挟まれている。東京の治水の歴史を見ると、最重要視されるのは隅田川である。この川が氾濫すると、日本橋や銀座あたりも冠水する。さすがに被害が大きくなりすぎるから、隅田川の治水を最優先にしたことは納得できることだ。

 

治水事業は、古く徳川家康の時代から行われている。明治期以降は、とりわけ荒川の治水が注力されてきた。今の荒川放水路ができたのは昭和前期。実はそれ以降で、流域のゼロメートル地帯が区域の7割を占めるとされる江戸川区では、大きな水害は発生していない。

 

今回の台風19号の襲来でも、埼玉県に作られている荒川調整池が大きな役割を果たしたとされる。これに対して、多摩川も江戸時代にたびたび氾濫したために水路の付け替えが行われた。今のようになってから被害は少なくなったが、やはり台風による氾濫などは何度か起きている。多摩川上流では調整池を作れる土地がないという。多摩川は昭和以降もたびたび氾濫しているので、今後もハザードマップをにらみながら住宅を選ぶ手法は、それなりに有効かもしれない。

 

災害危険エリアの市場価格は弱くなることが避けられない

 

今回の台風で「災害危険エリア」と認識されたところにある住宅の資産価値には下落圧力がかかるのは避けられない。武蔵小杉のタワマン群は残念ながら当てはまってしまう。仮に今回の2棟の浸水被害の原因が固有の特殊事情であったとしても、駅前で高さ1.5メートルの浸水があった事実は動かすことのできない事実として記憶される。JR横須賀線の武蔵小杉駅も、改札の機器が使用不能になるまで冠水した。

 

そういう武蔵小杉のタワマンを中古で購入しようとする人は、ちょっとした思い切りが必要かもしれない。むしろ、ちゅうちょする人の方が多いだろう。そうなれば、価格はすぐに落ちないにしても、売り出し物件の成約までの期間が長くなる。今まで適正価格で売り出せば3か月程度で成約していたのが、場合によって1年近くかかるようになるかもしれない。

 

そうなった場合、売り急ぐ人は価格を下げるだろうから徐々にでも下落は続くだろう。とはいえ、このまま新たな水害が発生せずに2、3年もたてば人々の記憶からは薄れる。そうなれば浸水被害が原因となる価格の下落も止まるはずだ。

 

ただし、その時に日本経済が不況に陥り、首都圏全体の不動産価格が下落していた場合は別だ。もちろんその流れに従って下落することになる。市場が弱含んだときに、こういう災害危険エリアの物件はさらに弱含む。

 

日本という国は災害列島である。台風、大雨、土砂崩れ、地震、津波、火山。他国に比べて災害が多すぎる。ないのはアメリカでよくある広範な山火事くらいではないか。それ以外の災害はすべてそろっていると言っていい。そういう国で住宅を購入するのは、ある程度のリスクを背負うことでもある。

 

こうした災害の中でも、水害はハザードマップや天気予報などであらかじめ予想しやすい。それでも想定外の事態が起こるときには起こるもので、「絶対の安心」というのは絶対にない。住宅を購入するときは、どの場所であっても「災害のリスクがあるのだ」という、ある程度の覚悟は必要だろう。

 

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昭和、平成時代を経て日本のマンションは大きな転換期を迎えています。人生のうちで大きな買い物となるマンション選びにおいては、常に最善の選択をしたいものですが、そのためには変化に即して考え方や行動を変えていかなければなりません。長年にわたりマンションを取り巻くさまざまな業界の最前線をウオッチしてきた住宅ジャーナリスト、榊淳司氏がこれまでの常識はどの時点からどのように変わってきたのか、そしてこれからどう変わっていくのか、マンション購入を考えているみなさまにとって有益かつ目からウロコのお話満載で語っていきます。

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榊淳司(住宅ジャーナリスト)
1962年生まれ、京都府出身。同志社大法学部および慶応大文学部卒。不動産の広告・販売戦略立案の現場に20年以上、携わってきた。一般の人々に分かりにくい業界内の情報や、マンション分譲事業の仕組み、現場担当者の心理構造などをブログ上で解説。近著に『限界のタワーマンション』(集英社新書)、『すべてのマンションは廃墟になる』『2025年東京不動産大暴落』(イースト新書)、『マンション格差』(講談社現代新書)など。